組織で働く人間が引き起こす不正・事故対応WGによる人事部門へのヒアリング
<特別編 第10回>
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【註】
今回と次回は、東京消防庁に対して行った2回のインタビュー記事を連載します。1回目にあたる今回は、約1年前に実施した、ある施策を展開する際のPlan、そしてDoが緒についた段階でのインタビューになります。次回、2回目は、1回目のお話しから約1年経過した後のインタビューで、Doが組織に浸透し、それをCheckしActionにつなげる段階の内容になっております。2回に渡る記事を読むことで、東京消防庁が実施した「働く満足(ES)向上の取り組み」及び「安全文化の醸成」のPDCAが見える形になっています。
なお、今回の1回目のインタビュー記事は、お話しをお伺いした直後に執筆したものとなりますが、当時の状況を生々しく伝えるために、「そのままの形」で掲載します。
東京消防庁 人事関連部門へのインタビュー1回目(2022年12月上旬実施)
※本記事に記載の役職等はインタビュー当時のものです。
■消防職員:18,655名、(消防官18,233名、一般職員422名)
■拠点数:303拠点
■災害発生件数(2022年中)
・119番通報受付件数 1,036,645件
・火災発生件数 3,953件
・救急出場件数 872,075件 (令和4年では1日平均2,389件、36秒に1回出動、53.4%が軽傷)
・救助活動件数 26,773件
■予防業務の件数(令和4年中):
●はじめに
今回、インタビューにご協力いただいたのは「東京消防庁」の人事に関係する部門の皆さん。 ご存じの通り、東京消防庁は、東京都に住む人々に限らず、都内にいる人々の命をあらゆる災害から守ることを使命とし、日々、消火、救助、救急、火災予防、防災活動といった業務を行っている。
最近ではオリンピック・パラリンピックの対応として行った過去最大規模の消防特別警戒や、昨今のコロナ禍における感染防止策を徹底したうえでの救急活動など、これまでにない新たな任務も増えている。
人々の「安心」のためには、どのような時も「何かあったときに助けてくれる味方がいる」ことが欠かせない[1]。リスクが変化し、そして新たなリスクが生まれる中、安心な社会を支えている「消防」の皆さんに感謝と畏敬の念を感じている方も多いことだろう。筆者もその一人である。

さて、人々の安心を支える「消防」の仕事であるが、ドラマやドキュメンタリー映像を通して、その概要はイメージしているつもりであった。常に命を左右する現場、働く職場がそのような環境であれば、緊張感は非常に高く、上意下達・ヒエラルキー構造をベースにした強いマネジメントが行われているだろうと。
しかし、インタビューで見えてきたのは、組織トップの消防総監自らが発信された「心理的安全性」というキーワードで表される職場の空気感だった。現場で働く人を大切にすることは、1秒を争う現場において命を救うことに直結するという。
本WGがテーマにしている「働く人間が、活きいきとやりがいを持って働ける環境」づくりが、消防という組織の目的と強靭に紐づいている。そういった組織において、どのような取り組み、工夫をしていらっしゃるのか、非常に興味深くお話を伺った。

●組織運営と人材
災害や救急に「休日」はない。
そのため、消防という組織で働く人々は24時間365日、常に緊張状態を維持している。 東京消防庁で働く人々は「消防官(97.7%)」と、消防官以外の職員である「一般職員(2.3%)」からなっている。災害現場に駆け付ける「消防官」は、24時間ごとに3チームのローテーションで活動しており、緊急出動以外に車両や機材の点検・訓練・体力トレーニング・事務処理・ミーティング等を行っている。8:30〜17:15の勤務となり、立入検査、火災原因調査、防災指導、事務処理等を行っている「消防官」もいる。「一般職員」は、災害現場には出場しないが、専門知識を活かして事務処理や消防車両の整備などを行っている。

消防官のローテーションの中で、コロナ禍における急な欠勤等への対応はどのようにされているのか、職員課勤務制度係長の高橋氏(以下、高橋氏)に伺った。
「突発的な事案や休暇については、チーム内で調整しますが、それ以外に、事務系のメンバーも災害対応メンバーなので、
補完して現場の力を落とさずに対応しています。」
このように、全員で補完しあって対応できている背景には、消防学校において消防に関する様々な基礎能力を身につけていることや、チームで活動することの大切さが組織内に浸透していること、そして「人の命を守る」という強い使命感で繋がっていることがあるのではないだろうか。
そこには、「仕組み」の枠を超えた「絆」が見えてくる。
また、少子高齢化が進む昨今の日本において、どの業界も悩んでいる「人材不足」については、同様の悩みがあるそうだ。応募者は平成25年(2013年)と比較して、半数程度に減少している。また、離職率については1%程度で推移しており、特に入庁3年以内の離職率が増加傾向とのこと。離職理由として、「(東京以外の出身者の)地元に帰りたい」という理由が多いそうだ。
こういった人材不足に対する対策として、仕事の魅力を高めることや、若い職員へのケアに重点を置いて取り組むことを進めている。
職員課職員係長の渡邉氏(以下、渡邉氏)に伺った。
「コロナ前は家族の職場訪問をやっていました。また、“TOKYO MER 走る緊急救命室”(TBS系)や“エマージェンシーコール
緊急通報指令室”(NHK)などのテレビ番組の取材協力もやっています。さらに、仕事の魅力を伝えるために小学校で“はたらく
消防の写生会”を開催したり、中学校への総合防災教育・救命講習などをやったりしています。」

消防に限らず、どのような職種であっても、使命感や自己効力感をもって取り組めることはパフォーマンスに大きく影響する。また、自分の人生の意味付けともなり、仕事の域を超えた価値を作るものだと思う。
人の命に関わる現場で働く仕事を軽々しく語れないことは言うまでもない。一方、私たち、JNSAに関わっている人間は、なんらかの形でネットワークを流れる情報をセキュアに保つ仕事に携わり、その力によってより良い社会の実現を目指している。私たちの仕事が、情報システムの観点から、人材不足などの消防の皆さんが直面する問題を解決する一助になれたらと願わずにいられない。
●能力向上
東京消防庁では、現場の職員の能力向上に力を注いでいる。
東京消防庁トップの消防総監の清水洋文氏(以下、清水総監)も、総務省消防庁(東京消防庁は,東京都の「執行」機関であり自治体消防を担う。総務省消防庁は、国の行政機関。) 発行の広報誌「消防の動き」2021年7月号[3]の「巻頭言」にて、次のように語っており、一人ひとりの力を大切に考えている。
「特に注力している取組が『現場力の向上』です。災害対応はもとより、防火防災訓練や建物の立入検査など、都民と直接接する
のは常に現場の第一線の職員です。その現場の職員の能力向上なくして組織の発展は望めません。当庁は人が要の組織であり、
それ故に職員の技能の向上は重要です。約18,600人の職員一人一人が個々の能力を向上させることができれば、その総和は大
きな力となり、都民サービスの向上に繋がります。」
具体的には、どのように能力向上を実現しているのだろうか。人事課人事係長の佐藤氏(以下、佐藤氏)に伺った。
「当庁で定めている「東京消防庁人材育成基本方針」では、基礎技能(消防学校等の標準技術)、中堅技能(救急や救助等の専門
技術)、特別技能(スペシャリスト、エキスパートといった特別技術)の3つの段階を設定しています。入庁から半年間は、全
寮制の消防学校で法律や基本知識の勉強、消火・救助・救急等の訓練、体力トレーニング等を行った後、更に半年間の消防署で
の実務教育において、実際の災害現場に出ながら消防吏員としての基本を身に付けます。その後、各種庁内研修等を通じて専門
技術を身に付け、特に高度な技術や経験を有すると認められた職員はスペシャリスト、エキスパートに認定されます。また、外
部機関の研修への参加、大学院や研究機関への派遣といった様々な研修等により能力向上できる制度もあります。」

こういった能力向上を支援する様々な取り組みが、職員の皆さんのモチベーション向上に繋がっている。 職員募集案内[4]に掲載されている「ポンプ隊員の方のコメント」からも、能力向上に対する取り組みが伝わってくる。以下に抜粋する。
「日々の訓練の積み重ねが人命救助の成功に直結するため、成長し続けることに終わりはありません」

●コミュニケーション・心理的安全性
指令室、現地にいる消防官含め、チームで人命救助に当たるメンバーにとって、円滑なコミュニケーションは生命線ともいえる。コミュニケーションを活性化し、チーム力を高めるために、どのような工夫をされているのか伺った。
厚生課厚生係長の齋藤氏(以下、齋藤氏)
「余暇活動を通じて職員同士のコミュニケーションを活性化するため、クラブ活動の部会が42あり、庁としても部会員の
募集や活動内容の周知などについてバックアップしています。」
服務監察課服務指導係統括の島村氏(以下、島村氏)
「チーム力を高める対策としては、安全推進部が“心理的安全性”を高める対策を進めています。
その取組に関連して人事部では、職員相互に“自分も大事だが相手も大事だ”という思いをもつことを、組織の方針として
周知しました。施策としては、職員間のディスカッションの場を増やしたり、意見を発表する3分間スピーチを実施したり
しています。」

【心理的安全性】というキーワード、組織行動学を研究するエイミー・C・エドモンソン氏が1999年に提唱した心理学用語で、同氏の著書「恐れのない組織」が2021年に発行されてから、特に耳にすることが多くなった言葉だ。心理的安全性とは、組織の中で自分の考えや気持ちを誰に対してでも安心して発言できる状態のことで、「チームの他のメンバーが自分の発言を拒絶したり、罰したりしないと確信できる状態」と定義されている。このキーワードが東京消防庁で重要視されることとなったのは、清水総監が全庁に伝えたことがきっかけだそうだ。総務省消防庁の広報誌「消防の動き」[3]でも、清水総監の“心理的安全性”への思いが読み取れる。
以下に抜粋する。
「職員の職務意欲向上を図る上では、管理職員が率先して風通しの良い職場の雰囲気を醸成することが極めて重要です。アメリカ
のグーグル社が、チーム力の向上のためには「心理的安全性」を高める必要があると発表して以来、「心理的安全性」という言
葉が注目を集めています。この意味は、「職場で誰に何を言っても拒絶されることがなく心配のない状態」のことですが、この
「心理的安全性」が職場に浸透すると、職員間のコミュニケーションが円滑となり、チームとしての対応力が向上すると言われ
ています。消防組織は階級社会です。そのために、時として階級の上位の者に意見を言いづらいことがあります。そのような職場
の雰囲気や環境を変え、職員の積極性や主体性を引き出す「心理的安全性」のある環境作りに努めたいと考えています。」
組織トップの価値観が、その組織の文化を形作る。その最高の実例を見せて頂いた。
当WGが2021年に行った株式会社ハピネスプラネット代表取締役CEO矢野氏へのインタビュー[7]においても心理的安全性について触れている。この記事の中で、上記に引用した書籍「恐れのない組織」から、「ミスの可能性について率直に話せる」と感じられているかどうかが、ミスの発生確率と完璧に相関し、明瞭かつ率直にコミュニケーションを図ることが事故を減らす重要なポイントであると述べている。
ただ、重要性を理解できたとしても、絵に描いた餅になってしまうことの方が多いのではないだろうか。現場レベルで実践できるところまでやり遂げようと思ったら、かなりの根気が必要であり、ハードルも高い。東京消防庁では、組織のトップが心理的安全性の重要性を理解し、それを現場に伝え、確実に実践できているという点が、非常に素晴らしいと感じた。
●心身の健康
消防官として働く人々は、高い緊張感を維持し、自身の命の危険を感じながら日々の任務に携わっている。
そして時には、凄惨な状況を目の当たりにするなど、常人では考えられないような強いストレスを受けている。
消防官としてどんなに高いモチベーションや体力を持ちあわせていたとしても、ストレスが心身の健康に影響を及ぼす点に目をつぶることは出来ない。東京消防庁では、消防官のストレスに対し、どのようなケアを行っているのだろうか。厚生課健康管理係長の窪田氏(以下、窪田氏)に伺った。
「産業医、専門カウンセラーの配置や、職員相談員制度等があります。職場の内部で自らのストレスを言うと適性がないと思わ
れるのではという心配から、言いづらい場合もありますので、外部の相談窓口も用意しています。研修の中でストレスの事前
教育も行っていますし、セルフケアとして体を動かしたり、バランスの良い食事を取ったりといった、ストレス対応の情報も
教えています。」
特に、凄惨な現場に立ち会った際に受ける惨事ストレス(※1)には、丁寧なケアが必要となる。
「惨事ストレス対策として、凄惨な災害とは何なのかを規定し、隊単位でグループミーティングを実施、活動の振り返りと情報
共有を行って、自分が感じている気持ちなどを話してストレス軽減をはかっています。また、総合指令室(「119」の通報を
受け対応する部門)のストレスも、災害現場のストレスと似ていることが分かっています。災害現場では、凄惨な状況からの
ストレスに加え、そのなかでの衆人環視や、関係者からの怒号によるストレスもあります。これらによるストレスは“コンバット
ストレス”(※2)に近いものがあります。」
※1:惨事ストレス
職務を通して、日常的に、トラウマを引き起こすような出来事や、その被災者に接することで生じるストレスの一種。災害活動では誰にでも起こり得る一般的なもので、異常な状況における正常な反応といえる。(出典:総務省消防庁消防・救急課[2])
※2:コンバットストレス
強烈なショック体験や精神的ストレスを受けた後に起こる心的外傷後ストレス障害(PTSD)のうち、戦闘や軍事作戦に参加した軍人に見られるものをいう。戦闘ストレス反応。(出典:Weblio辞書)
消防官の受けるストレスは、常人の想像を絶する。心のケアの重要性を、痛感した。
守ってもらっている側の我々に、出来ることは何なのだろうかと、考えずにはいられない。
比べられるものではないが、企業などの一般の職場でも様々なストレスがある。これらのストレスは、内部不正の動機になったり、ミスにつながったりなど、情報セキュリティ事故の要因となることも多い。対応策として、ストレスの原因を取り除くことと併せて、ストレスを受けた際の心のケアについても、世の中全般においてもっと一般的になることを願う。窪田氏のお話にもあったように、「内部では言いづらい」という風潮がまだまだ多いと感じる。日本でも、欧米のように、歯医者やマッサージ店に行くような感覚で、心のケアを受けることが当たり前になる日が来て欲しい。

●服務規程等について
東京消防庁には、一般的な服務のルールに加え、他の行政職員とも違ったルールがある。例えば、震災等があったときにも参集できるよう、職員の居場所を事前に提出することになっている。それは、プライベートな旅行の場合も同様だ。また、居住地を選定する場合にも、参集に時間を要しない場所を選定するよう、指導している。
これらも含め、服務規程の違反予防策について、当WGの主題である「内部不正の予防」に関連して、島村氏に伺った。
「まずは消防学校(入庁後半年間、全寮制)のなかでしっかりと教えています。例えば、服務違反をすると最終的にどうなるか、
その想像力を働かせてもらうための指導などもしています。全庁的な指導については、少し前までは「やるな」という命令型で
したが、昨今は「やるな」というと、「(そこに意識が向いて)逆にやってしまう」といった人間心理を考慮し、自分たちの手
で、自分たちが守れるルールを作るようにしています。どうしたらそのルールを守れるかをディスカッションして考えてもらい
ます。その際、年次の若いメンバーも発言しやすくするよう、上司の配慮についても指導しています。」
東京消防庁では、「人間」を理解した対策に舵を切っている。 メンバーが服務規程を遵守しつつ、厳しい現場対応を遂行するための「高いモチベーション」を維持するには、指示・命令だけではなく、人に寄り添った対策が必要ということだ。 特に、「自分たちの手で、自分たちが守れるルールを作る」という点は、情報セキュリティの場面でも、非常に重要なポイントであると考える。上意下達的に「こうあるべき」で作ったルールは、現場での納得感が生まれにくく、やらされ感になりがちである。そうなると、抜け穴を探す人が出てきたり、表面的に取り繕って形骸化したりする可能性が出てくる。しかし、「自分たちで作ったルール」であれば、そこに意味や責任感が生じ、取り組み方が違ってくる。自ずと、セキュリティ強度も高まるだろう。
1秒を争う命の現場で活動する職場のマネジメントに、学ぶべき組織は多いはずだ。 読者の皆さんの職場は、いかがだろうか? 職種や状況によって、最適なマネジメントは変化するものではある。しかし、「人間」を理解し寄り添うことなく、「メンバーの納得性や自律性など考えず、強い口調で従わせる」といったマネジメントでは一人ひとりのパフォーマンスを引き出すことは難しいと考える。
また、情報セキュリティの観点から考えても、過度な権威勾配のある組織は、チームエラーや集団浅慮を起こしたり、内部不正の引き金になったりもするだろう。
東京消防庁における取り組みは、多くの企業の様々な場面で参考にしていただけるものと確信する。

●職員の納得性・使命感・モチベーション
東京消防庁で働く人々は皆、「命を守る仕事」であること、「東京を守り、東京の未来を支える力になる仕事」であることに誇りや使命感を感じて、業務に従事している。
職員募集案内[4]に掲載されている職員の方のコメントを、以下に抜粋する。
ポンプ隊機関員
「災害現場に到着しなければ命を救う活動に従事できない。隊員を乗せた車両を安全・確実・迅速に運行する仕事にやりがいと誇りを感じながら日々業務に励んでいます」
特別救助隊
「一つ一つの行動すべてが人命救助につながっている。1秒の積み重ねで助かる命があるかもしれないと、1秒へのこだわりを持って職務にあたることを心がけています」
査察係
「予防業務は建物の設計段階から施工後も火災予防に関する指導を続けることで、多くの方々の命や財産を、災害から守ることができる仕事と聞き、道を究めたいと思った」
防災安全係
「地域の方々に災害に備えることの大切さを理解してもらい、万一の災害時にも命を守る行動を身に着けていただくことで、災害に強いまちづくりに尽力していきたい」
警防部総合指令室
「あらゆる災害に携わりサポートすることで人々の命を救うことができる仕事に誇りを持ち、日々業務に励んでいます」

厳しい訓練や、1秒を争う緊張感、ストレスフルな現場環境、24時間制の勤務といった過酷な状況のなかで、このように高いモチベーションを維持できているのはなぜなのか? 人事部としてどういった工夫をされているのか、お話を伺った。
1)入庁時からの高いモチベーション
そもそも、この仕事を選ぶ時点で、高いモチベーションを持っている人々が集まっている。
人事課採用係長の山本氏(以下、山本氏)
「採用応募者は、都民の安全を守りたいという志望動機で試験を受ける方が多いので、その時点からモチベーションは高いと思い
ます。」
佐藤氏
「気質として、人々の安全・安心のために貢献したいという職員が多いです。」
2)消防学校から現場を通じた「納得感」
まず、入庁1年目の消防学校において、技術向上だけでなく、仕事に対する意識についてもしっかりと教えている。さらに、現場においても、“何故これが必要なのか”という目的をしっかりと腹落ちさせることで、現場において自分で判断できる力を育成している。現場での正しい判断が遅れることは、命に直結するからである。さらに、過去に発生した災害等を振り返ることで、常に意識を新たにしている。
渡邉氏「消防学校でも、この仕事を何故やらないといけないのかについて、教えています。また、毎年度消防総監から重点施策が示されますが、何故その施策が必要なのかという理由もしっかり示されます。これが職員の納得性に繋がっています。」 佐藤氏「例えば、予防関係の法令は、大きな火災等の災害を教訓に制定されているものが多くあり、予防業務を担当している職員は、法律や条例等の法令の成り立ちから理解します。何故この法令基準を守る必要があるのかという目的を理解しているため、モチベーションをもって活動できています。また、過去の悲惨な火災等の災害を繰り返さないために、常に学びなおしを行い、モチベーションを新たにしています。」
3)仕組みづくり
組織として、職員のモチベーションを高めることを重要視し、仕組みづくりを進めている。
佐藤氏「モチベーションは非常に大事にしています。当庁では、令和3年度(2021年度)から「職員のモチベーション向上に係る人事制度等のあり方検討委員会」を立ち上げて検討を始め、効果があると考えられる施策はスピード感をもって実行してきました。施策の一例として、東日本大震災の際に現地の消防本部で指揮隊長として活動された方を招いて講演を行いました。その方は、ご自身も被災され、津波でご家族を亡くしながらも、1週間以上災害対応に当たられました。本講演はインターネット中継により全消防署にリアルタイムで配信を行うとともに、聴講できなかった職員のためのアーカイブ配信と講演の動画の庁内の実務資料への掲示を行いました。受講後のアンケートでは、モチベーションが向上したと回答した割合が86%に上りました。特に若い職員を中心に、使命感、帰属意識が高まりました。モチベーション向上効果の高い給料や手当の増額といった報酬面については、公務員なのでタイムリーなフィードバックは難しいのですが、人事評価の結果を定期昇給に反映させるようにしています。」
渡邉氏「都民から寄せられるありがとうの声を広報課でまとめて、各署にフィードバックしています。」
都民からの感謝の言葉が彼らのモチベーションに直結している。これをより的確に、オンタイムで伝えることができれば・・・、情報システムの出番である。私たちもお手伝いできることはありそうだ。

●おわりに
今回のインタビューで、消防の仕事に従事されている皆さんの活動を目の当たりにし、これまでに感じたことのない畏敬の念を感じた。毎日の仕事が「命」に直結している。いつ発生するかわからない事故に備え続ける精神力、凄惨な現場対応による心への影響、体の酷使による疲労、 こういった厳しい環境に潰れることなく、高いモチベーションを持ち続けて対応に当たる消防官、そしてその消防官を支える様々な取り組みを伺い、とても畏れ多く、身の縮む思いであった。
今回お聞きしたたくさんの取り組みは、全体を通じて1本の軸が通っていた。それは、「人」を大切にしているということである。 命を救う職に就いている人々を、仲間を、いかに大切にしているのか、その思いが随所から伝わってきた。 この思いがあるからこそ、東京に住む我々は守られているのだ。
今回のお話は、一般の職場で働く我々にとっても、大きな気付きと確信をもたらしてくれた。「人」の底力を、甘く見てはいけない。 その底力を呼び起こすものが何なのか、感じて頂けたら嬉しく思う。
納得感を大切にすることによる自律行動、(自己裁量)
使命感を維持することによる高いモチベーション、(役割認識、他者貢献)
都民の皆さんからの感謝を伝える取り組み、(他者承認)
仲間との助け合いによる絆の醸成、(チームワーク)
心身への丁寧なケア、(リフレッシュ)
能力向上への全面的なバックアップ、(自己成長)
これらは全て【人】を大切にしている取り組みであり、これがあるからこそ底力を発揮できるのである。
お気づきだろうか、これらの取り組みは、業種・規模を問わず、どのような企業でも出来ることだということを。そして、当WGの過去の記事[6]でも触れた慶應義塾大学 前野隆司先生の幸福経営学研究における7つの「幸せ因子」にもすべて繋がっている。
■7つの「幸せ因子」
@ 自己成長(新たな学び)
A リフレッシュ(ほっとひと息)
B チームワーク(ともに歩む)
C 役割認識(自分ゴト)
D 他者承認(見てもらえている)
E 他者貢献(誰かのため)
F 自己裁量(マイペース)
当然のことながら、これらは、内部不正する気を起させない「太陽的対策」そのものである。
最後に、Web記事に掲載されていた清水総監のお言葉を、引用する形で紹介する。 ぜひ、18,655名の職員、303の拠点を束ねる【東京消防庁 消防総監】のお言葉であることを念頭に置いて、お読みいただきたい。そこには「職位による指揮」を超えた「人との向き合い方」の神髄がある。
「誰かに何かを頼むときは、なぜ、それをやらなければならないのか、その背景や効果などをしっかり伝えて、相手が納得して取り組めるように意識しています。そこを怠ると、単なる“作業”になってしまうからです。作業というのは事務的で、心が通いにくく、十分な成果に結びつきにくいものですからね。また、説明するときも、きつい言葉は使いませんし、『ありがとう』の気持ちは、きちんと言葉にして伝えるようにしています。そこまでしたら、後は信頼して、任せるだけですね」
出典:朝日新聞デジタル 専修大学ドットコム「われら専修人」Vol,24 [8]
そしてさらに清水総監は、次のようにもお話しされている。このお言葉には、本WGが追求している「太陽的」施策の心がある。
「なによりも、職員への感謝の気持ちを忘れないことです。私にできることは大きな方向性を示すことであって、その実現に向けて汗をかいてくれるのは、各現場にいる職員たちであり、達成できるかどうかも、職員たちの頑張りにかかっているからです」
出典:朝日新聞デジタル 専修大学ドットコム「われら専修人」Vol,24 [8]
これらのお言葉から、様々なことを感じ取っていただけたら幸いである。
※大変お忙しい最中に、快くインタビューに応じて下さった東京消防庁人事部の皆さんに、WGメンバー一同、心から感謝の意を表する。ありがとうございました。

<出典>
[1] 甘利康文: 安心の本質とは何か? 〜 現象学的科学論の理路による安心の構造モデル 〜,
日本セキュリティ・マネジメント学会誌, Vol.34, No.3, pp.3-21 (2021),
https://doi.org/10.32230/jssmjournal.34.3_3
[2] 総務省消防庁消防・救急課
https://www.fdma.go.jp/laws/tutatsu/items/tuchi2501/pdf/250131-1.pdf
[3] 総務省消防庁発行の広報誌「消防の動き」2021年7月号
https://www.fdma.go.jp/publication/ugoki/items/rei_0307_all.pdf
[4] 東京消防庁 職員募集案内 「未来を、私たちの手で」
https://tfd-saiyo.jp/assets/degital_pamphlet/tfd_pamphlet/#page=1
[5] 東京消防庁 「東京の消防」
https://www.tfd.metro.tokyo.lg.jp/ts/sa/data/fire_service.pdf
[6] JNSA 組織で働く人間が引き起こす不正・事故対応WG:慶應義塾大学 大学院システムデザイン・マネジメント研究科
(兼 ウェルビーイングリサーチセンター長)前野隆司教授への【はたらく人の幸せに関する調査】に関するインタビュー, 2021年
https://www.jnsa.org/result/soshiki/99_maeno_202103.html
[7] JNSA 組織で働く人間が引き起こす不正・事故対応WG:株式会社ハピネスプラネット代表取締役CEO矢野氏へのインタビュー,2021年
https://www.jnsa.org/result/soshiki/99_yano_202109.html
[8] 朝日新聞デジタル 専修大学ドットコム「われら専修人」Vol,24
http://www.asahi.com/ad/senshu/human/vol24_p1.html
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