組織で働く人間が引き起こす不正・事故対応WGによる人事部門へのヒアリング
<特別編 第11回>

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東京消防庁 人事関連部門へのインタビュー2回目(2023年11月下旬実施)

※1回目のインタビューは2022年12月に実施し、記事が公表されております。【前回記事はこちら】
※本記事に記載の役職等はインタビュー当時のものです。

【東京消防庁の概要(2023年4月1日現在)】

■消防職員:18,684名(消防官 18,262名、一般職員 422名)
■拠点数:303拠点
■災害発生件数(2023年中の速報値)
  ・119番通報受付件数 1,104,523件
  ・火災発生件数 4,326件
  ・救急出場件数 917,472件(2023年では1日平均2,514件、34秒に1回出動、54.2%が軽傷)
  ・救助活動件数 27,839件
■予防業務の件数(2023年中):

  ・立入検査数 37,419件

●はじめに

昨年実施した前回の東京消防庁へのインタビューから1年が経ち、2023年もおわりが見えてきたころ、今回2回目のインタビューを実施した。前回のインタビューの際、「今はまだ途中の段階なので、次年度に改めて、変革に取り組んだ結果を見てほしい」とお声がけいただいたことが、2回目のインタビューにつながった。

複数回のインタビューで、「安全文化の醸成」に向けたダイナミックな変革とその状況について、今まさに起きているリアルな状況をお伺いできるのは、とても貴重なことだ。1回目に続き多くの学びを得ることが出来た。 試行錯誤の真っただ中であった前回インタビュー以降、「東京消防庁安全憲章」という1つの目に見える方針が定まり、さらに組織への浸透が着実に進んでいると感じられた。

今回は、この「東京消防庁安全憲章」に込めた想いなどを中心に、安全を最優先とする組織文化の醸成について、どんなことを実施され、どのように取り組まれているか、どのような苦労があったのか等、興味深くお伺いした。

(向かって左:今回のインタビューにご協力いただいた東京消防庁安全推進部および人事部の皆さん/向かって右:JNSA内部不正WGメンバー)
(インタビューの様子)

●安全推進部の創設

東京消防庁では、重大事故の根絶に向けて、全庁一丸となった安全対策を推進するべく、全国唯一の専門部署として2022年4月1日に安全推進部を創設した。安全推進課と安全技術課からなる安全推進部は、組織図上、本部内で上から2番目に位置づけられている。

(出典:「東京消防庁における安全への取組について」資料より)

2023年4月に着任された吉田新消防総監は、就任挨拶で安全推進に関して次のとおり語っている。
「都民の安全・安心を守るためには、職務における重大事故の根絶を図り、安全を組織文化として根付かせていく必要があります。引き続き、安全憲章を軸とし、安全を最優先とする文化を当庁へ深く浸透させてまいります。」

また、後に紹介する「東京消防庁安全憲章解説文」資料には、次のような説明が記載されている。
「平成31年の火災現場での殉職事故や航空救助中の事故を受け、危険環境下での任務が多い消防業務の特殊性を踏まえると、安全文化の最も高いレベルである【創造型組織】(予知困難な危険にも的確に対処できる組織)となることが求められる。」

トップによる施政方針と、平成31年の事故を肝に銘じ、東京消防庁では、組織横断的な安全対策の実現に、強い決意をもって取り組んでいる。

「安全文化の醸成」、これが安全推進部の部門ミッションだ。 一般には、安全を最優先するという価値観を、組織の構成員である東京消防庁の職員全員が共有しており、またそれを実現する組織の在り方を「安全文化」とされている。
安全文化の醸成に必要な要素は「公正な文化」「報告する文化」「学習する文化」「柔軟な文化」の4点だ。
これらの文化を1つ1つ着実に形にしていくために、具体的な活動や仕組みづくりが進んでいる。

(出典:「東京消防庁における安全への取組について」資料より)

「安全文化の醸成」という取り組みの中枢を担い、その施策を推進している、安全推進部安全推進課安全推進係長の土田氏(以後、土田氏)はこう話す。
  「(平成31年の)事故当時、職員に対するヒアリングを実施したところ、安全に対する考え方がバラバラであることが分かり
   ました。そこで、まず職員の行動の判断軸を作ることが大事だと気付き、安全憲章を策定することとなりました。」

●全職員の想いがこもった「東京消防庁安全憲章」

2023年3月に施行された「東京消防庁安全憲章」は、「社会と組織への宣言」そして「職員一人一人の行動の判断軸」という2つの目的で策定され、「東京消防庁が目指す安全とは何か、組織として安全をどう実現するか、そして、安全を実現するために職員一人一人はどう行動するかを示したもの」と位置付けられている。

まずは、この安全憲章がどのように作成されたのかを、土田氏に伺った。
  「本部だけで作っても現場の職員に響かないものになってしまいます。全職員の判断軸にするものなので、みんなで考える形を取りたかったのです。
   多くの職員から様々な文案が出されたので、頭を悩ませて、言葉1つ1つを吟味し、出来る限り反映させて作成しました。」
   

東京消防庁で働いている多くの職員が何らかの形で携わり、皆で作り上げることで、他人行儀な「誰かが作った言葉」ではなく、「自分たちの心に響く大切な想いを表す言葉」になるのだろう。 どれだけ想いが込められているものであるか、その一端が垣間見える気がした。

「東京消防庁安全憲章」は、冒頭に「スローガン」、次に「決意」、最後に「5つの具体的行動」という構造で記載されている。

(出典:「東京消防庁安全憲章解説文」資料より)

@ まずは全職員の柱となる【スローガン】

我々の目指す安全は、全ての人命を守り抜くことである

東京消防庁安全憲章の解説文(以下、解説文)には、次の解説がある。
「消防は、命と向き合う仕事であり、現場活動だけでなく、あらゆる業務が人命を守ることに繋がっています。
そのことを常に忘れず、判断に迷ったときの判断基準として行動してください。」

また、「全ての人命には、職員も含まれています。」と明記されている。
さらに、「守る」ではなく「守り抜く」という表現を使うことで、組織の強い意志と、未来にわたって守り続ける継続性が表現されている。


A 次に、スローガンと具体的行動への納得性を高める【決意】

自らと仲間を大切に、それぞれが持てる力を発揮できるよう、互いの階級や職責を超えて一致協力する

解説文には、次の解説がある。
「職員の命はもちろん、人格や意見まで尊重することを意味し、心理的安全性のある職場づくりも表現しています。」
「心理的安全性を高めるには、自分だけを大切にするのでもなく、仲間だけを大切にするのでもなく、自分と仲間を両方共に大切にする気持ちが必要です。」

この解説文にある「心理的安全性」は、第1回目のインタビューでもとても印象に残っているキーワードだ。 人の命を守る最前線の現場で仕事をする東京消防庁の職員にとって、心理的安全性がいかに重要なものであるのか、改めて伝わってくる。

いかなるリスクにも対処できる組織となります


解説文には、次の解説がある。
「安全文化の最も高いレベルである予知困難な危険にも的確に対処できる組織、いわゆる創造型組織を目指すことを意味しています。」

そして、平成31年の事故(火災現場での殉職事故や航空救助中の事故)の段階では、東京消防庁は「報告」という面において、結果主義の一面があったと自らの状況を振り返っている。

「自分たちに足りない部分」を直視することはとても苦しいことだ。
しかし、それとしっかりと向き合い、目指す目標を明確に定めて、そこに向けて進むべく、具体的な活動に落とし込んで1歩1歩進んでいることが分かる。

一人一人の小さな一歩の積み重ねが生む確かな組織力をもって全ての業務を確実に遂行し、安全な東京の未来を築きます。


土田氏:
「消防は『現場』のイメージが強いと思いますが、現場だけではなく予防活動などの業務でも安全を担保しないと組織力が発揮できないということを訴えています。警防に携わる職員と、予防に携わる職員は、担当業務は違いますが、全ての消防業務が『全ての人命を守り抜く』ということを意識することが大切であるという想いを込めています。東京消防庁の職員として業務に携わる限りは、それが現場に繋がり、ひいては人命を守ることに繋がるということを意識して活動することが大切です。」

東京消防庁で働く人々から湧き上がった言葉を紡いで、この安全憲章が作り上げられたのは、こういった想いがあったからこそだろう。結果として、「額縁に入った言葉」ではなく、全職員の行動の「リアルな判断軸」になり得るのだ。


B 最後に、日々の活動に落とし込んだ、5つの【具体的行動】

ルールが出来た意味を考え、行動します。

解説文には、「(安全憲章の文案への)応募者の声」として、次の言葉がある。
「ルールが出来た背景を知り、何のためにそのルールがあるのかを理解することで職員一人一人が身に染みてルールを守れるようになる」

厳選した5つの「具体的行動」の最初にこれがあることから、常に命を守るための緊急判断に迫られている、東京消防庁で働く人々の想いが伝わってくる。
ルールを守ることが目的となると、マニュアル等が適用できない状況に遭遇した時に、対応できなくなってしまう。表面上だけでなく、そのルールの理念、本質を理解していると、応用して臨機応変に対応することができる。
これは、日々、マニュアルでは対処できないような事象と向き合う必要性に迫られている仕事に就いている人々にとって、とても重要な視点であることは言うまでもない。これは、情報セキュリティに携わっているJNSAの関係者にとっても同様である。

互いに聴く耳を持ち、気づいたことは伝えます。

解説文には、次の解説がある。
「音として”聞く”のではなく、心から傾聴する姿勢を表現するため、”聴く耳”として比喩表現しています。
 あらゆる手段を通じて相手に伝えることを表現しています。
 『安全に関する情報の共有は我々の財産である』という共通の理解が大切。」

土田氏:
「(組織には)消防は災害現場で活動する職務の特殊性から階級があり、そのことにより権威勾配も存在します。隊長が言うことに意見を言うのは難しい場面もあります。委縮すると余計マイナスになり、良いパフォーマンスは当然発揮できません。隊員一人一人が感性を高めて、気づいたことを伝えられる環境を整えることがとても重要だと考えています。」
「耳ではなく心の声や表情も大切であることから『聴く』としました。また、声に出すという文案もあったのですが、それだと伝わらずに事故が起きることもあるため、声に出すだけでなく『伝える』ということを、こだわって入れました。」

(出典:確認会話キャンペーン資料)

ここにある「確認会話」とは、ヒューマンエラー対策として東京消防庁で推進しているもので、聞いたことがしっかり理解できていないときや、違っていると感じたときに、確認することでエラーを防ぐ取り組みである。
上記資料の右側Cに「職員一人一人が安全を支える重要な人材情報源」との記述がある。このような意識が組織全体で共有出来ていれば、心理的安全性も更に高まり、エラーの防止に繋がることは明らかだろう。

土田氏:
「人材情報源について、一人が見える視野は限界がありますが、消防はチームなので一人一人が違う視点で物事を見ることによって安全性が高まります。それを表現したものです。確認会話というのは、違和感を覚えた際に『確認なのですが・・・』という枕詞を出して言うことを推奨したものです。これだと、伝える方も、聞く側の上司も受け入れやすくなります。」

人事部職員課職員係長の樽井氏(以下、樽井氏):
「階級組織なので言いにくいこともありますが、安全推進部が出来て、(遠慮や忖度などが)打破されてきていると感じます。それまでは、『確認会話』という認識はありませんでしたが、やってみると、単純なようで効果があることを感じています。」 常日頃、気付いたことを貴重な情報として認識し、伝え、聴くことを、全職員が意識しなくても出来るレベルまで浸透させるためにも、安全憲章として明記されたことは大きかったのだろう。

(写真左より、人事部職員課職員係長 樽井氏、安全推進係主任 富田氏、安全推進課安全推進係長 土田氏)

進む勇気だけでなく、立ち止まる勇気を持ちます。

解説文には、次の解説がある。
「一旦立ち止まる勇気が必要。使命感から、前進させることに注力しがちであるが、冷静になることが重要。
 違和感を覚えながらも業務を継続した結果、事故に発展した経験がある。
 安全を確保するための時間は、遅れではない。」


誰にでもミスは起こり得ることを理解し、助け合います。

解説文には、次の解説がある。
「ヒューマンエラーは結果。個人への責任追及ではなく背後要因を分析して対策を打つことが重要。」

土田氏:
「誰にでもミスが起こること、そして、ミスはみんなでカバーするものだということ、これら2つを理解する必要があります。どうしてもセクショナリズムになりがちですが、全ての人命を守り抜くという目的は一緒なので、連携できることは多々あります。風通しがよくなると、組織全体の力は上がります。」

※セクショナリズム:集団・組織内部の各部署が互いに協力し合うことなく、自分たちが保持する権限や利害にこだわり、外部からの干渉を排除しようとする排他的傾向のこと。(出典:Wikipedia)


気付きから学び、自らの成長と手順の改善を目指します。

解説文には、次の解説がある。
「何気ない日常の気付きも含めて、『気付きの感性』を高めることと、失敗も報告することが重要。」

「気付きの感性」という表現は、情報セキュリティに携わる筆者にとって、まさに「これだ!」と感じるものであった。「いつもと違う」という違和感、事故につながる予兆への気付きだけでなく、リスクアセスメントの際にでも、「気付きの感性」を一人一人が磨いていれば、情報セキュリティはレベルの高いものになるのではないだろうか。


・東京消防庁安全憲章の浸透
東京消防庁安全憲章を、いかに文化として醸成していくのか、そこにも様々な工夫と取り組みがあった。

−まずは81名の署長と意見交換
 18,000人の組織に浸透させていくためには、まず消防署長が重要なキーマンとなる。
 署長の影響力はとても大きい。打ち出された大きな思想を、各消防署の現場レベルに反映できる立場の方である。
 安全推進部のメンバーが、10の方面本部ごとの署長会議に出席し、81名の署長全てに考え方を説明した。
 ただ、説明するだけでなく、署長の声を聴き、多くの意見をもらった。
 署長の理解が得られなければ、当然職員にも伝わらないため、今後も引き続きこういった取り組みは継続していく。

−81名の署長が管轄する消防署の全職員に説明会
 安全憲章に込められた想いを共有し、担当(安全推進部の担当者)が苦労した部分も含めて説明を実施。

−「安全憲章解説文」資料の作成
 一言一句に込められた想いや、応募者の声などを掲載して、より深く理解が進む資料として作成した。

(出典: 「東京消防庁安全憲章 解説文」資料)


−安全憲章浸透キャンペーン
  2023年10月から11月にかけて、庁内キャンペーンを実施。
  具体的な行動について、週に1項目ずつ、各消防署の隊や係単位で話し合いの時間をとった。
  過去体験したことを共有し、それを踏まえてどんなことが出来るかを考えてもらう時間とした。
  その背景について、土田氏はこう語る。 
  「安全憲章を、幅を持たせた表現にしているのは、1人1人が具体的に咀嚼し、考えて実行してもらいたいからです。
  そのために、含みを持たせた表現にしています。」

−確認会話キャンペーン
 2022年12月から1月にかけて、庁内キャンペーンを実施。
 航空会社から講師を招いて過去の経験談を話してもらったり、確認会話とは何かを示した通知文を流したり、ポスターを管理職の
 机に貼ったりした。この取り組みに対しては、コミュニケーションしやすくなったと、現場から良い反応が返ってきている。

こういった地道な取り組みによって、東京消防庁の職員が安全憲章を自分のものにし、判断基準にし、そして東京消防庁全体の文化になっていく。

また、「月刊消防」といった機関紙で、これらの取り組みを紹介したところ、その記事を見た東京都以外の自治体を担当する4つの消防本部から「長期受託研修制度」として東京消防庁に1年間の研修受け入れの申し入れがあり、受け入れを開始した。また、他の自治体の消防本部、国の組織である海上保安庁や自衛隊からも、取り組みについてのヒアリングを受けたそうだ。

東京消防庁の本気の取り組みは、大きな影響力を持って、今後も広がって行きそうだ。

●その他、安全推進部の取り組み

安全文化の醸成には、職員の意識が変わることが必須要件であるため、安全教育を通じた人材育成を行っている。例えば、過去の災害を通じて学ぶべき教訓を伝える「災害史安全教育」なども実施している。
また、「安全評価」として、各署に足を運んでヒアリングを実施し、課題を出して、それを検討し改善している。 更に、安全技術課(東京消防庁の研究所に相当する部署)では、事故原因を科学的側面から研究分析し、科学技術と現場を繋いでいる。

(出典:「東京消防庁における安全への取組について」資料より)

そして、事故発生時の対応について、安全推進部が中心となり、2022年6月から考え方や対応方法を変更した。
それまでは、事故を起こした個人への責任追及と、表面的な再発防止策の実施で終わってしまう場合があったが、今は、「エラーは起きるもの」という前提に立ち、個人ではなく組織としてどうすべきかをヒューマンファクターの多角的視点で検討し、対策を行う形にしている。
この考え方の転換は、現場での心理的安全性を高め、同じエラーを繰り返さないための重要な土台となるだろう。

指令室が救急車を別の場所に誘導してしまったという、過去に起こった案件をベースに取り組み事例の説明があった。
旧来の対応では、関連する職員のミスとして責任追及される可能性があったが、新しい検証方法で検討した結果、ディスプレイ上で住所が見えにくいことが原因だと分かった。これに気づけたことで、表示を大きくするシステム変更が実現した。指令室では、もともと見やすくしたいと思っていたが、言い出せなかったそうだ。今回、安全推進部によりヒューマンファクター分析が出来たことで、対応が進んだという感謝の声も上がっている。

(出典:「東京消防庁における安全への取組について」資料より)

分析は、ヒアリング、バリエーションツリー分析、なぜなぜ分析、再発防止策立案の流れで実施している。

ヒアリングの際には、これまでと違った注意点を設けている。正確に把握することを目的として、事実をありのまま話せるよう配慮している。少ない人数での聞き取りや、聞き取りを行う人間とそれを受ける人間の座る位置(対面ではなく90度の位置に座ること)や、自由に話をしてもらい本心が見つかるようにオープン質問をすることなど、細かく配慮されている。
そして、責任追及ではなく、別の人が同じ事故を起こさないようにする目的であることを丁寧に伝えるようにしている。

※バリエーションツリー分析:ヒューマンエラーを時系列的に分析する手法。

なぜなぜ分析では、5回程度「なぜそれが起きたのか」という問いを繰り返し、根本原因を特定するよう努めている。根本原因に対しては、安全推進部から対策案を提示する。あくまでも案としての提示であり、各部に強制はしない。各部にしか分からないこともあり、最も現実的に検討出来るのは現場部署であるからだ。

予知困難な危険にも的確に対処できる「創造型組織」を目指すうえでも、現場部署自らで対策案を考えることはとても重要なポイントだろう。

また、対策案を検討する際には、グループでブレインストーミング形式の検討会を実施し、アイデアを活発に出し合うことを推奨している。そのために、ブレインストーミングには4つの原則がある。
 原則1 批判厳禁(他者の意見への批判は絶対にしない)
 原則2 自由奔放(突飛なアイデアも歓迎する)
 原則3 量を求む(多ければ多いほど良いアイデアが出やすい)
 原則4 便乗改善(他者のアイデアに便乗し、より良くしていく)

ここでも、心理的安全性がしっかりと重視されている。
このように細部にわたって軸をぶらすことなく、徹底して推進していくことで、安全に関する文化は育っていくのだろう。

(出典:「東京消防庁における安全への取組について」資料より)

職員意識調査について

安全推進部の取り組みを受け、職員の意識にはどのような変化があったのか。
人事部職員課では、定時の定点観測として職員意識調査を、毎年実施している。

職員の職務に関わる意欲及び意識の実態を調査・分析し、モチベーション向上方策や人材育成などの各種施策に活用することを目的とし、職員の総合的な指標として「総合満足度」を取入れ調査している。もちろん、個人は特定できない形だ。

各5段階評価で、全体で100問程度あり、8つの項目(職務意欲、目標キャリア、評価処遇、教育、人間関係、職務環境、デジタル環境、コンプライアンス)と総合満足度で構成されている。
質問内容のベースは人事部職員課で作成した。

最初の質問は「東京消防庁で働くことについて総合的に考えて満足している」かどうかについてだ。
これが、総合満足度の結果となる。2022年度の結果では、平均値は5段階のうちの4.10であった。他の国や自治体との比較でも、4以上の結果は無く、非常に高い結果であった。東京消防庁で働く人々が、使命感をもって入庁していることは、理由の1つかもしれない。

その他、8つの項目の評価平均値は全て3以上であったが、一番高い項目が人間関係(3.96)、一番低い項目がデジタル環境(3.15)であった。消防という業務の関係から、24時間寝食を共にすることもあって、人間関係は良い結果になったのではないかと分析されている。

これらの結果を重回帰分析し、総合満足度に影響が高く、満足度が低いものを改善優先項目として取り組んでいる。結果は、各消防署単位でも整理しており、大きく違いも出ているそうだが、今後も素直に自由に意見を出してもらうため、消防署ごとの結果は表には出さず、全体の結果だけ公開していくそうだ。

改善優先項目の1つとして、「職務意欲」項目がある。

職員課勤務制度係長 高橋氏(以後、高橋氏)に伺った。
「職務意欲の項目については、上司とのコミュニケーションに関する部分が影響していました。例えば、意見を言っても取り合ってくれなかったといった内容がありました。部下の話をしっかり聞くよう、上司に根付かせるといった対策が必要になります。低い項目について、具体的な取り組みを例示して消防署で実施した取り組みについては確認しています。」

今後も良い取り組みについては、情報を共有し、活かしていく考えだ。

総合満足度方式での実施は今回で2回目となるが、「自由記述欄」への記述もかなり増えてきているそうだ。
組織全体の心理的安全性や、信頼感が高まっている証拠ではないだろうか。

(写真左より、職員課勤務制度係主任 小澤氏、職員課勤務制度係副主任 池田氏、職員課勤務制度係長 高橋氏)

おわりに

インタビューを終え、率直に「2回目を実施させて頂いて良かった」と感じた。1回目のインタビューで伺った「人を大切にする文化」はそのままに、安全文化を醸成するという真摯な姿勢が随所に感じられ、更に「文化は意思を持って作っていけるものだ」と目の前で見せて頂いたからだ。

「文化を作る」というのは、何らかの症状に対する特効薬ではない。むしろ、健康管理のための体質改善に似ている。そのため、すぐには結果が出ないかもしれない。
しかし、東京消防庁では、諦めず、たゆまず、信じて、1つ1つ改善を進めている。
その軸となるのが、安全憲章だ。

東京消防庁には、元々、全職員が共通して認識している安全理念等がなく、安全に関する考え方は統一されていなかった。しかし、消防という大きなミッションを担い、安全に対して誰よりも深く考え、活動されているのが東京消防庁で働く一人一人である。だからこそ、それぞれに熱い想いを持ち、都民の安全を守る業務に打ち込んでいるのだ。
しかしその想いが、共通した言葉となり共有されていなければ、現場で瞬時の判断に迫られた際に、その想いだけが空回りして影響する可能性がある。
様々な経験と向き合い、受け止めて、真摯に改善に取組んでいる東京消防庁の人々の姿勢には、ある種の美しさを感じた。

知らない誰かが作った言葉ではない。みんなで作り上げた、想いがこもった安全憲章。
誰が作っても「言葉」として見えるものは同じだ。しかし、目には見えない「込められた想い」によって、受け取る側にとっては何十倍、何百倍も、その言葉の意味、そしてその効果は違ってくるだろう。

このことは、「特別編 第9回 財務省インタビュー」 でお聞きした「財務省の組織理念」の際にも感じたことだ。財務省で働く方々が誰しも持っている強い信念として「次世代に引き継ぐ」という言葉が出てきたと聞いた時、新鮮な空気が細胞を通り抜けたような感動を覚えた。きっと読者の皆さんも、驚きとともに、心を打たれただろう。
東京消防庁安全憲章でも、同様の感動を感じた。

東京消防庁が大切にしている「人」。
情報セキュリティにおいても、「人」がキーワードであることは疑いのないところだ。
素晴らしい技術的・物理的な対策があっても、それを活かすも殺すも「人」である。
そして、組織的な対策を作り、浸透させ、組織文化を醸成していくのも「人」である。
その意味で、東京消防庁の活動は、情報セキュリティに携わるJNSAの関係者にとっても、改めてセキュリティのアプローチに向き合うきっかけになるのではないだろうか。

当WGが追求している「内部不正対応のための太陽的対策」は、「人」を大切にし、「心理的安全性」を本気で浸透させている東京消防庁の活動そのものではないかと感じた。

2回にわたり、心に響くとても素晴らしい活動をお見せいただいた東京消防庁の皆様に、心から感謝の意を表したい。


最後に、印象的だったお言葉をご紹介し、この記事を終わりにする。

土田氏:
「安全推進部のミッションとして、「安全文化の醸成」という言葉を使っています。
醸成は時間をかけてじっくり行うものです。期待も大きく、自分たちも結果を早く出そうと思ってしまいます。期待の大きさに比例して、頂く意見も多いです。すぐに答えられないことも多いのですが、真摯に向き合おうとしています。特に消防署からの意見は大事にしようと取り組んでいます。消防署は、安全推進部に対し、現場を変えてくれるという期待を持ってくれています。現場の悲鳴を聞き取ったら、少しでも改善したいです。しかし、組織を変えるには一人一人の意識、行動を変えていく必要があり、ドラスティックには変わりません。何も変わってないと言われることもありますが、地道に、少しずつジワジワと、水が染み渡るように少しでも前に進めれば良いと思います。」


※大変お忙しい最中に、2回にわたり快くインタビューに応じて下さった東京消防庁安全推進部および人事部の皆様、ありがとうございました。
皆様の活動をお聞かせいただいたことは、働く人々の満足度を高め、結果として日本の情報セキュリティレベルを向上させる一助になると、確信いたします。

(東京消防庁 ロビーにて)

<出典>

[1] JNSA 組織で働く人間が引き起こす不正・事故対応WG:財務省へのインタビュー, 2023年,
  https://www.jnsa.org/result/soshiki/99_09-mof.html


(JNSA 組織で働く人間が引き起こす不正・事故対応 WG 辻井葉子)

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