組織で働く人間が引き起こす不正・事故対応WGによる人事部門へのヒアリング
<特別編 第2回>

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慶應義塾大学 大学院システムデザイン・マネジメント研究科(兼 ウェルビーイングリサーチセンター長)前野隆司教授への
【はたらく人の幸せに関する調査】に関するインタビュー

【前野教授のご紹介】
1984年東京工業大学卒業、1986年同大学修士課程修了。キヤノン株式会社、カリフォルニア大学バークレー校訪問研究員、ハーバード大学訪問教授等を経て現在慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長兼務。博士(工学)。著書に、『幸せな職場の経営学』(2019年)、『幸福学×経営学』(2018年)、『幸せのメカニズム』(2014年)、『脳はなぜ「心」を作ったのか』(2004年)など多数。専門は、システムデザイン・マネジメント学、幸福学、イノベーション教育など。(出典:パーソル総合研究所・慶應義塾大学前野隆司研究室「はたらく人の幸せに関する調査」より【以下、同様】)

●はじめに

今回は、特別編。国内における幸福学(幸福経営学)の第一人者である慶應義塾大学大学院教授の前野先生に、昨年から今年にかけて実施されたパーソル総合研究所との共同調査の結果を踏まえて、インタビューを実施した。今回の内容は、企業における「従業員満足度(ES: Employee Satisfaction)向上のための人事施策」をヒアリングするいつものインタビューとは趣が異なっているが、「内部不正ワーキンググループ」として調査している“働く人間に不正する気を起こさせない対策”に強く関連する調査結果となっているため、刮目してお読み頂ければ幸いである。

【写真】ショールームに掲示されているミッションステートメント

今回のインタビューのキーワードは“幸せ”。

まずは、筆者のわくわくする気持ちも詰め込んで、先生の研究報告を抜粋して紹介するところから始めたい。

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※ 今回の「特別編」では、インタビュー内容の理解を深めてもらう準備として、パーソル総合研究所と慶應義塾大学 前野隆司研究室が共同で実施した「はたらく幸せに関する調査」の報告書(2020年7月)から内容の一部を、冒頭で紹介する。
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●「はたらく人の幸せに関する調査」の調査結果(抜粋)と、それに対する筆者考察

「はたらく人の幸せに関する調査」

【 目的 】国内において、就労者の「幸せ」というテーマは、福利厚生や健康経営の文脈で扱われることが多いが、本調査においては、
      個人の幸福感が個人・組織のパフォーマンスに与える影響を調査する目的で実施された。
【実施時期】2019年7月(予備調査)〜2020年2月25日(第2回調査)
【対象人数】3回合計10,600名(報告書の分析結果は第2回調査有効回答者の4,634名が対象)
【調査手法】調査会社モニターを用いたインターネット定量調査
      ※「はたらく幸せに関する調査結果報告書」(2020年7月) 原文リンク
       https://rc.persol-group.co.jp/well-being/img/Well-Being_AtWork_ver1.pdf

上記調査の結果において、特に注目した結果について抜粋し、筆者の考察(枠線内)を交えて以下に記す。

@「はたらく人の幸せ/不幸せ」を構成する各7因子

「はたらく幸せ/不幸せの実感度」をそれぞれ5問で聴取(幸せ実感が高いほど不幸せ実感が低い傾向があるが、どちらも高い、または低い人も一定数存在)、合わせて「はたらく幸せ/不幸せ」に関連しそうな因子をそれぞれ複数聴取し、はたらく幸せ/不幸せを実感している人を説明できる因子を、それぞれ7つに絞り込んだ。


自己成長
(新たな学び)
仕事を通じて、未知な事象に対峙して新たな学びを得たり、能力の高まりを期待することができている状態
リフレッシュ
(ほっとひと息)
仕事を一時的に離れて精神的・身体的にも英気を養うことができていたり、私生活が安定している状態
チームワーク
(ともに歩む)
仕事の目的を共有し、相互に励まし、助け合える仲間とのつながりを感じることができている状態
他者承認
(見てもらえている)
自分や自分の仕事は周りから関心を持たれ、好ましい評価を受けていると思える状態
他者貢献
(誰かのため)
仕事を通じて関わる他者や社会にとって、良い影響を与え、役に立てていると思えている状態
自己裁量
(マイペース)
仕事で自分の考えや意見を述べることができ、自分の意志やペースで計画・遂行する事ができている状態
役割認識
(自分ゴト)
自分の仕事にポジティブな意味を見いだしており、自分なりの役割を能動的に担えている実感が得られている状態
出典:パーソル総合研究所・慶應義塾大学前野隆司研究室「はたらく人の幸せに関する調査」

自己抑圧
(自分なんて)
仕事で能力不足を感じ、自信がなく停滞している。また、自分の強みを活かす事を抑制されていると感じている状態
理不尽
(ハラスメント)
仕事で他者から理不尽な要求をされたり、一方的に仕事を押し付けられたりする。また、そのような仲間の姿をよく見聞きする状態
協働不全
(職場バラバラ)
職場内でメンバー同士が非協力的であったり、自分の足を引っ張られていると感じている状態
不快空間
(環境イヤイヤ)
職場環境において、視覚や嗅覚など体感的に不快を感じている状態
評価不満
(報われない)
自分の努力は正当に評価されない、努力に見合わないと感じている状態
疎外感
(ひとりぼっち)
同僚や上司とのコミュニケーションにおいてすれ違いを感じ、職場での孤立を感じている状態
オーバーワーク
(ヘトヘト)
私的な時間を断念せざるを得ない程に仕事に追われ、精神的・身体的に過度なストレスを受けている状態
【筆者考察】
「はたらく幸せ/不幸せ」を、どちらも実感している人、どちらの実感もない人がいるし、その説明因子は必ずしも表裏でないため、いずれの因子も存在しうるという点に注目したい。幸せ因子を高めることと、不幸せ因子を下げることの双方が必要である。

A 「比較」が不幸せ実感に強く影響している

下のグラフは「はたらく幸せ/不幸せの実感度」と、自分の仕事ぶりを周囲と比べている度合の関係を示している。自分の仕事ぶりを周囲と比べている人ほど、はたらく不幸せ実感を強く感じていることがわかる。

【グラフ】自分の仕事ぶりを周囲と比べている度合い(比較意識)別

自分の仕事ぶりを周囲と比べている度合と、不幸せ因子(一部)の関係を以下に示す。 比較意識は、不幸せ因子の中でも特に「評価不満」「オーバーワーク」「自己抑圧」因子と関連が強い。比較意識が、評価への不満や精神・身体的な余裕のなさ、自信のなさと結びついていることが窺える。

【グラフ】比較意識別 はたらく人の不幸せ因子(一部抜粋)
出典:パーソル総合研究所・慶應義塾大学前野隆司研究室「はたらく人の幸せに関する調査」
【筆者考察】
マネジメント手法として、他者との比較・競争を煽ることで、一時的に業績が高まる場合もあるかもしれない。しかし、それによって勝った側も負けた側も精神・身体ともに疲弊し、長い目で見ると重要な戦力が失われる結果となる。つまり、比較・競争を煽ることは、結果として組織のマイナスになる。その点を理解する必要がある。これは、大きな視点を持ったマネジメントの重要性を示唆している。

Bはたらく幸せ/不幸せが、パフォーマンスに与える影響

以下のグラフは、「はたらく幸せ/不幸せの実感度」と個人・組織のパフォーマンス(調査対象者平均を50とした偏差値を使用)の関係を示している。はたらく幸せ実感が高い群ほど、個人・組織のパフォーマンスが高く、はたらく不幸せ実感は、逆の傾向が確認できる。

【グラフ】パフォーマンスへの影響
出典:パーソル総合研究所・慶應義塾大学前野隆司研究室「はたらく人の幸せに関する調査」
【筆者考察】
メンバーのパフォーマンスを高めるためには、「パフォーマンスを上げろ」と締め付けるのではなく、幸せ因子を増やし、不幸せ因子を除くことこそが最短距離であることを理解する必要がある。

Cはたらく幸せ/不幸せが、業績に与える影響

「はたらく幸せ/不幸せの実感度」と個人・組織のパフォーマンス、売上高増加率の因果関係を、共分散構造分析により検証した結果を以下に示す。

【図】「はたらく幸せ/不幸せの実感度」と個人・組織のパフォーマンス、売上高増加率の因果関係
出典:パーソル総合研究所・慶應義塾大学前野隆司研究室「はたらく人の幸せに関する調査」
【筆者考察】
はたらく幸せ実感が、組織のパフォーマンスや企業業績をも高める効果が確認された。はたらく幸せ実感は、個人の枠を超え、組織や企業業績にまで影響することが示唆される。業績を上げるための策として、Aにあるように、競争を煽り、成果を求める対策では、今の時代は逆の効果を生み出してしまうことが想定される。これまでは「競争」など、不幸せ実感を高める対策で業績が上がったこともあるかもしれないが、この調査により、はたらく幸せ実感を高める対策こそが、業績にも繋がることが明確となった。この結果から目をそらさずに、過去の成功体験から脱却し、「幸せファースト」の考え方の必要性や今大切にすべきことを素直に受け止め、組織文化の見直しに挑む勇気が必要だと考える。

D組織マネジメントがはたらく幸せ/不幸せ実感に与える影響

下記は、人事施策8項目、上司のマネジメント6項目、組織風土8項目の聴取結果と、はたらく幸せ/不幸せ実感との重回帰分析による標準化回帰係数を、幸せ/不幸せの2軸上にプロットしたものである。

【グラフ】組織マネジメント要因のはたらく幸せ/不幸せ実感への影響
出典:パーソル総合研究所・慶應義塾大学前野隆司研究室「はたらく人の幸せに関する調査」
【筆者考察】
■人事施策: 
幸せを増加させる最大要因は「組織目標の落とし込み」、不幸せを増加させる最大要因は「異動・転勤の多さ」であった。「組織目標の落とし込み」は、20代〜60代の全ての年代において、幸せ実感への影響度が高い結果となった。目指す方向性がぶれずに明確であることや、自分自身の目的と、仕事の目的を繋いで、使命感を持って仕事出来ることが、幸せを実感することに繋がっていると考える。

■上司のマネジメント: 
幸せを増加させる最大要因は「肯定的で公正なフィードバック」で、不幸せを増加させる最大要因は「ハラスメント」であった。また、不幸せを増加させる要因として、「モーレツ上司」が上位に入っていることも見逃せない。上司本人はやる気をもってやっていたとしても、メンバーからすると「不幸せ実感」に繋がっている場合があることを理解する必要がある。

■組織風土: 
幸せを増加させる最大要因は「チームワーク」「自由闊達・開放的」で、不幸せを増加させる最大要因は「成果主義・競争」であった。コミュニケーションや、壁をなくすことの大切さ、そして成果のみを重視する姿勢やメンバーを競争させることのマイナス要因について、明確になった。

E個人の意識の持ち方による影響

以下は、「はたらく幸せ/不幸せの実感度」と「はたらくことを通して幸せを感じることは大事だ」と思う程度の関係を示している。「はたらくことを通して幸せを感じることは大事だ」と思っている人は、はたらくことを通して幸せを感じ、不幸せを感じていない傾向があることがわかる。

【グラフ】幸せ重視度とはたらく幸せ実感・不幸せ実感の関係
出典:パーソル総合研究所・慶應義塾大学前野隆司研究室「はたらく人の幸せに関する調査」
【筆者考察】
まずは自分自身が、はたらくことを通じて幸せを感じることに対する壁をなくし、自ら能動的に幸せを感じるように意識することが重要である。また、それを促進するマネジメント層の考え方・マネジメント手法も重要である。

以上が、調査結果(抜粋)と、それに対する筆者考察である。
 なお、抜粋した調査結果は、膨大な調査結果から本ワーキンググループの活動と関連するものを抜粋したものである。この結果以外にも、多数の興味深い結果が掲載されているので、興味を持たれた方はオリジナルの調査結果報告書をご参照頂きたい。

●前野教授へのインタビュー

以上、紹介した「パーソル総合研究所・慶應義塾大学前野隆司研究室『はたらく人の幸せに関する調査』」の内容を踏まえ、前野先生にインタビューを行った。ここからは、インタビューの際のやり取りをまとめて紹介する。

Q:当ワーキンググループが活動の前提として措定している「従業員満足度が上がると悪いことをしない」という仮説は、幸福度の観点からも的を射ているか?
A:「満足度の高い人は幸福度が高い⇒幸福度が高いと利他的、誠実になり、性格が良くなる⇒よって、満足度の高い人は悪いことをしない人になる。」という3段論法が成り立つため、十分あり得る。従業員幸福度(あらゆる満足度が高い状態が幸福度の高い状態)は、不正のしにくさとも相関すると考えられる。
Q:従業員満足度や幸福度を高めることの重要性を広めるために何が必要か?
A:基本的な教育にプラスして、倫理学教育、セブン・ステップ・ガイド(※1)などの教育が必要。幸福度が高いほどパフォーマンスが高くなることや、幸福度の重要性を認識している人ほど幸福度が高いことなどを伝え、「良い人」になるための判断基準や、人として間違った判断をしないための知識を与えることが重要となる。幸せになると「良い人」になるので倫理問題も起こさなくなる。
※1:セブン・ステップ・ガイド
   イリノイ大学のマイケル・デイビス教授が提案した倫理的意思決定のための7段階法。
Q:これまでのインタビューによって、コミュニケーションの醸成が組織の活性化を促進し、結果として悪いことを起こす気にならないという方向性が見えている。コミュニケーションは幸福度を高める観点でも重要な要素となるか?
A:幸せになるためには「コミュニケーションが良い」だけではダメで、「やりがい」も必要。関係性をよくして、個人の中の存在意義・個性・自分らしさなどの「自分に向かう軸」が満足することが大切。
【写真】ショールームに掲示されているミッションステートメント
※参考:前野教授の実施された別のアンケート結果の因子分析により、幸せは以下の4つの因子に集約されることが分かった。人生の幸せは、この4因子を満たすことで得られる。詳細を知りたい方はこちら⇒(出典:「幸せな職場の経営学」「幸福学×経営学」)
 @やってみよう(自己実現と成長)
 Aありがとう(つながりと感謝)
 Bなんとかなる(前向きと楽観)
 Cありのままに(独立と自分らしさ)

Q:調査の結果、人事施策の幸せ要因として「組織目標の落とし込み」が全年代に渡って高い結果となっている点についてどう考えるか?
A:幸せを感じるには、「主体性」が必要。自分事や主体性が、幸せに寄与する重要な要素である。組織のミッションが「本当の自分事」になっていると幸せを実感しやすくなる。自分事として“ワクワク”する感じが大切。これが出来ている企業の例として、会社の理念を皆で話し合って決めている企業がある。会社の理念が自分事となっているため、目指す目標や日々の仕事に対しても主体的に考え、活動出来ている。これにより、幸せ実感も高くなっている。残念な企業は、上が決めた理念を下に伝えるだけ。これでは自分事にはなりにくい。もっと残念な企業は、理念すらない。
Q:幸せ実感を向上させるための施策を1つあげるとしたら、何か?
A:1つではなく、2つ、「やりがい」と「繋がり」が必要。一人ではなく、みんなと共にやりがいを感じていることが重要。
Q:社長が親会社から来て数年で交代するというような企業や、社長の顔が見えないというような企業では、どのようにメンバーの幸福度を高めるべきか?
A:社長は交代するものという前提で、メンバーが一丸となって頑張っている企業はモチベーションも維持できる。自分たちで文化を作っていこうとしているため、主体性もあり、幸せ実感にも繋がっている。
Q:業界によっては、職位が上がることを最善とした評価システムになっていて、「UP or OUT」(昇進か辞職か)という文化もある。こういった文化は、幸福度の観点から見てどうか?
A:業種によっては、短期間で転職してキャリアアップすることが前提となっているため、そのようなシステムを良しとしているところもある。しかし、常に他人と比較しているため、ストレスが非常に高い状態となる。欧米では多くの企業がそういったシステムをやめている。個人として、良いことは無い。心や体を病んで、辞めてしまう。

●まとめ

パーソル総合研究所と慶應義塾大学前野隆司研究室による「はたらく人の幸せに関する調査」の結果は、私たちのワーキンググループが考えるセキュリティの「太陽的対策」の有効性を、幸福度という観点から後押ししてくれるものと考える。

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※本ワーキンググループでは、性悪説に基づいた「外側から締め付ける」ことが多い、セキュリティの一般的対策を「北風的対策」と呼んでいる。様々な形の制限を設ける対策がそれである。このセキュリティの対策は、宿命的に、働く人間の利便性を下げる副作用が避けられない。
一方、人事施策やマネジメント等によりESを高めることで、働く人間に「悪いことをする気を起こさせない」アプローチが「太陽的対策」である。本ワーキンググループでは、「内部不正の抑制につながる」だけでなく、「組織のオペレーションを円滑に回す」というセキュリティの本質につながる後者の対策に軸足を置いた活動を展開している。
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幸福度の高さは、ESの向上にも繋がる。(ESは仕事にまつわる限定的な範囲の基準であるのに対し、幸福度はその人の生活まで含めたより広い範囲の基準である)それだけでなく、幸福度の高い組織は、パフォーマンスが高く、業績にも繋がるという調査結果が出ているのである。(参考:主観的幸福度の高い人はそうでない人に比べて創造性は3倍、生産性は31%、売上は37%高い傾向にある(出典:「幸せな職場の経営学」)。従業員の幸福度を高めることが、業績責任を担う舵取り側のプラスにも、株主等のステイクホルダーのプラスにも繋がっている。幸福度を高める施策は、関係する全ての人にとってプラスとなる施策であることを、調査結果が示してくれている。

【写真】ショールームに掲示されているミッションステートメント

これまで、企業の業績を高めるために、競争させ、厳しく絞り上げることを「是」としていた時代があった。その時は、確かにそれで業績が上がっていた。そして、地位が上がり、高い収入を得ることこそが従業員の幸福であるという考え方が、主流の考え方であった。現在はずいぶんと変わってきたが、一部にはまだその考え方が残っている部分もあるかもしれない。

※この「他者との比較により生まれる幸せ」を“地位財による幸せ”と言う。これは、一瞬だけの長続きしない幸せであるとともに、どこまで行っても満たされない。(出典:「幸福学×経営学」))。

しかしこれからは、まず「従業員の不幸せ」への要因を取り除き、「幸せへの要因」を高めることが必要である。その結果として「働く人間の幸福度」が高まり、一人ひとりのパフォーマンスが上がって、イノベーションの誘発と業績向上に繋がる。一見、遠回りのように思えるこの施策が、確かに業績を高めるという結果が出たのである。このエビデンスを素直に受けとめて、今の時代に必要な考え方にシフト出来る組織こそが、生き残っていくものと考える。「VUCAの時代」とも言われる今の世においては尚更ではないだろうか。

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※VUCA: Volatility(変動性), Uncertainty(不確実性), Complexity(複雑性), Ambiguity(曖昧性)
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情報セキュリティでは、「北風的対策」と「太陽的対策」の両輪が必要である。しかし現状は「情報セキュリティと言えば北風的対策」という考え方が主流であり、「太陽的対策」が、有効なセキュリティ対策となることは認識されていない。

あらゆる組織を回しているのは「人」である。そのため、どのような情報セキュリティの対策も、究極的には「人」に働きかけなければ機能不全に陥る。どんなに頑丈な壁を作っても、どんなに堅牢なシステムを作っても、人が介在する以上は、そこがセキュリティホールになる。

それに対して、どんな取り組みが必要となるか? 人の内面を変えること、つまり「悪いことを起こす気にさせない対策(太陽的対策)が有効である」という考え方を、受け入れることから始めてほしい。そしてこの対策は、誰の自由も制限しない、誰にとってもプラスになる、組織にとって「価値を生み出す」対策となることを、是非覚えておいて頂きたい。

「太陽的対策」は、今回のインタビューにある「働く人間の『幸福度』」を向上させる対策であり、情報セキュリティ対策に留まらず、人々が働く組織の業績を大きく向上させる潜在力を秘めた対策である。この「太陽的対策」の方向性からは、ともすると雲をつかむような、実態のなさを感じるかもしれない。しかし、一見遠回りのようにも見えるこの対策は、組織にとって最も重要なファクターである「人」に焦点を当てているという点において、「組織で仕事を行うこと」の本質をついている。「前向きで楽しく」日々を過ごせる、働く人間にとっての幸せが、情報セキュリティの強化という課題の解決だけでなく、組織の業績向上にも繋がるのである。

組織の運営に関わる方には、このようなエビデンスがあることを是非念頭に置いて、自信をもって従業員の幸福度を高める施策に取り組んで頂きたい。そして、組織で働く側にいる方は、「はたらくことで幸せ実感」を得られる職場環境が重要であることを、自信をもって伝え、周りに働きかけて欲しい。

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※そのための最初の一歩として、自分自身や組織の傾向を捉え、より具体的な対策に繋げて頂くために、「はたらく人の幸せ/不幸せ診断」(下記リンク参照)を実施されることをお勧めする。
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●おわりに

VUCAと言われるこの時代に、「人の幸せ」が多くのプラスに繋がることを明らかにしてくれた知見は救いであり、本ワーキンググループの活動を推進するうえで、心を強くする後押しをしてもらったと感じている。今回の前野先生へのインタビューは、一人ひとりの幸せが、世界をも明るくする出発点であると確信させてくれるものであった。この記事を、本年最初のインタビュー記事として掲載できることを、大変嬉しく思う。

これから、「はたらく人の幸せ」を高める活動が社会全体の「当たり前」になり、皆が幸せに、笑顔で過ごせる世の中になってほしいと、心から願う。そのため、筆者自身も、例え小さな一歩でも、今日から出来ることを一つひとつ形にしていきたい。

最後に、年末の大変お忙しい最中に、快くインタビューに応じて下さった前野先生に、メンバー一同、心から感謝の意を表する。

(JNSA 組織で働く人間が引き起こす不正・事故対応 WG 辻井葉子)


【参考資料・出典】
■パーソル総合研究所、慶應義塾大学 前野隆司研究室: はたらく人の幸せに関する調査結果報告書(2020年7月15日)
https://rc.persol-group.co.jp/well-being/img/Well-Being_AtWork_ver1.pdf
■パーソル総合研究所: はたらく人の幸せ/不幸せ診断
https://rc.persol-group.co.jp/well-being-survey/
■前野隆司: 幸せな職場の経営学、小学館 (2019年5月)
■前野隆司 他: 幸福学×経営学 次世代日本型組織が世界を変える、内外出版社(2018年5月)
■前野隆司: 感動のメカニズム 心を動かすWork&Lifeのつくり方、講談社(2019年9月)


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