組織で働く人間が引き起こす不正・事故対応WGによる人事部門へのヒアリング
<特別編 第5回>

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「JAXAはやぶさ2プロジェクト」プロジェクトマネージャー、
宇宙航空研究開発機構(JAXA)教授 兼 東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻
津田 雄一教授への【はたらく人のモチベーション維持】に関するインタビュー

【津田教授のご紹介】
東京大学工学部航空宇宙工学科卒、同大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻博士課程修了。博士(工学)。米国ミシガン大学、コロラド大学ボルダー校客員研究員を歴任。2010年から小惑星探査機「はやぶさ2」プロジェクトエンジニアとして開発を主導。2015年、JAXA史上最年少で同プロジェクトのマネージャー(有人宇宙船の「船長」に相当)に就任。専門は宇宙工学、宇宙航空力学、太陽系探査。著書に『はやぶさ2最強ミッションの真実』(NHK出版新書)、論文に「はやぶさ2による小惑星着陸の達成」(『日本航空宇宙学会誌』67巻9号)など。

●はじめに

【写真】

今回の特別編は、小惑星「リュウグウ」への着陸およびサンプルリターンをおこなった「はやぶさ2プロジェクト」のプロジェクトマネージャー、津田先生にインタビューを実施した。

初代「はやぶさ」が達成した工学的成功を継承し、小惑星からの気体のサンプルリターンを含むいくつもの世界初の快挙を遂げたはやぶさ2プロジェクト。その多大な工学的・理学的成果は、世界の注目を集め、また日本中に勇気を与えてくれた。

プロジェクトマネージャーである津田先生が、相当の長い期間に渡り、同プロジェクトを統括し、成功に導いたのはよく知られている一方、そこで働いていた人たちのモチベーションはどうだったのかについては、報道等ではあまり取り上げられてこなかったように思う。今回は、津田先生がプロジェクトメンバーのモチベーション維持について、どのような考えを持って臨んでいたのかに焦点を当てて、お話を伺った。

津田先生は、自らの著書[1]でこう語っている。
「『本日、人類の手が、新しい小さな星に届きました。』記者会見で、私はプロジェクトを代表して吉報を全世界へ報告した。新しい科学を、究極の技術と最高のチームワークで獲得した瞬間だった。」

ここで挙げられている「究極の技術」とは、日本が世界に誇る宇宙工学の技術的な面であると言えるが、「最高のチームワーク」は「人」にかかわることであり、本WGがテーマの一つとして追求している「働く人のモチベーション」にも関連する。「最高のチームワーク」を作り上げるために、津田先生はプロジェクトマネージャーとしてどのようなことを意識して心掛けていたのだろうか。



●インタビュー

― メンバーのモチベーション維持のためにプロジェクトマネージャーとしてどのような工夫をされたか?

津田(敬称略):10年単位の長いプロジェクト期間中、禁止事項や罰則といった「北風的対策」ではなく、いかにメンバーに気持ちよくやってもらうか、という「太陽的対策」をメインに考えることが多かった。以下のような点に工夫した。

  • プロジェクト全体のグランドデザインの中で、個人が与えられた役割の位置付けや意味をきちんと伝え、共通認識を持てるようにした。
  • メンバーに役割を与える際、その役割を果たすことで、組織だけでなく、社会からどう評価されるか、どういったスキルを身につけることができるかといった観点から説明した。「はやぶさ2の成功」だけが最終目標ではなく、学術的な成果や技術開発にもつながり、自分が成長できると思えるようなことを見つけてほしいと考えた。
  • 個々のメンバーは、その役割以外の分野にも可能性やモチベーションを持っている人が多かったため、面白いと思ったことははやぶさ2と全く関係なくても、はやぶさ2の場を利用して、業務時間内でかまわないので自分の満足する成果を探していってほしいと伝えた。
  • 若手でもベテランでも、クリエイティブな発想を持っている人がどんどんアイディアを出せる環境作りを目指した。そのアイディアをみんなで議論しながら評価し、みんなが萎縮せずにチャレンジできる雰囲気作りを目指した。そして責任はリーダーがとるというスタンスである。

― 長いプロジェクト期間中、途中で疲れてしまった人向けにどうされたか。

津田:打ち上げの後、小惑星到着までの3年半は巡航飛行の期間となり、メンバーのモチベーションも下がりがちであった。また、その時期はプロジェクトに関わる人数がガクッと減ることもあって、このままではチームの維持が難しく、プロジェクトの成功も難しいと考えた。そのため、まずは新人を招集して人員を確保し、着陸までの3年半の間、人材育成とセットにしつつ徹底的に訓練を行った。訓練はかなり大掛かりなものだったが、これにより皆が同じ目標に向かい、同じ釜の飯を食べたという仲間意識が芽生えたと思う。着陸時などこの後のプロセスにもこの訓練の内容は役に立った。

― 民間企業だと、成果だけを求められることも多々あるが、はやぶさ2プロジェクトはどうだったか。

津田:成果からの逆算はモチベーションを削ぐことになり、面白いアイディアも出てこない。最初から成果を出せ、とは言うのではなく、訓練だから失敗することも大事であり、失敗経験をたくさん積むことに価値があるという考えのもと、挑戦することを勧めた。後からジョインした新人に対しても、既存のルールは理解した上で、自分ならどうするかを前提に考えてほしいと伝えた。それにより、ルールに縛られない自由な発想を生み出してもらいたかった。

― 対外的にはどのような戦略で情報を発信していったか。

津田:プロジェクトがうまくいってもいかなくても、みんなに応援してもらい、一緒にやったという感覚をもってもらうためにどうしたらよいかを考えた。そのため、記者会見などの対外発信の場では、プロジェクトの成果だけでなくリスクも含める形で、その過程を見せて状況を説明しながら、プロジェクトとしてチャレンジするところを積極的に出していくようにした。「成果の最小値」を最大化する、それがはやぶさ2プロジェクトの広報戦略であったと言える。これはJAXAでも通常やらないアプローチである。
 はやぶさ2は科学ミッションであり、自分たちがまず楽しむことが重要。疲弊しながらやる姿を見せても意味がない。子どもたちに対しても、困難なミッションを大人たちがとても楽しそうにやってのけた、というところにワクワクを感じてほしかった。
 例えばはやぶさ2が地球に接近飛行する際には、日本時間で一般の人を含めて観測しやすいように地球に近づく時刻を調整する、というように、単純に科学的・工学的成果だけを考えると不要なことであっても、専門外の人や子どもたちに楽しんでもらえるような工夫もした。

― 著書[2]の中で、2回目のタッチダウンを行うかどうかの際にJAXA上層部との意見の違いがあり※、「理想と現実の狭間でぺしゃんこになりそうな日々」を送っていたとあるが、同様に理想と現実の間でぺしゃんこになっている人に何かアドバイスをいただきたい。

【写真】

津田:2回目のタッチダウンを実施するかどうかは、かなり昔から大論争になることは予想はしていたので、打ち上げ前からチーム内で、どういう条件なら実施するかについて、多くの議論を重ねてきた。その議論を通して、チームが一枚岩になり、それがプロジェクトリーダーである自分の力になった。自分一人だととても乗り越えられないが、一人で戦っている感じがしなかった。仲間はとても大切で、このミッションの本質がチーム内で共有されていて、その本質を成し遂げるために、問題が起きる前に具体的な議論が事前にできているチームは本当に強いものであると実感した。同様に着陸地点の選定についても、大きな議論になることは予想していたので、これについても事前に実際に手を動かしてデータ解析とシミュレーションを行い、それを基にチーム内で議論をして科学的なコンセンサスを作っていった。この議論はプロジェクトマネージャーの独断でも多数決でもなく、チームの総意として結論を導く形で行った。こういった事前準備をしておいたことで、本番の重要な決断の場面でも、チームが一丸となって対処することができ、プロジェクトマネージャーの自分も、迷いのない決断ができたし、仲間の大切さを再確認できた。どんなに苦しい時でも、チームの仲間を信頼すること、そういった信頼関係を築けるように事前に十分準備することが大事である。
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※ はやぶさ2は、小惑星リュウグウに対する1回目のタッチダウンで、リュウグウの表面物質の採取に成功した。そのサンプルを確実に地球に持ち帰るため、2回目のタッチダウンにより探査機を失ってしまってはならないという意見が組織内では強かったという。津田先生の率いるプロジェクトチームは議論の末、経営的視点ではなく科学者の視点で技術的に2回目のタッチダウン実施を決断し、結果としてタッチダウンを成功裏に実施、リュウグウの地下物質を採取するという偉業を成し遂げて無事地球に持ち帰ることができた。
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― プロジェクトメンバー以外の、(例えば「会計管理」などの)間接業務を行うメンバーに対してはどのように接したか。

津田:JAXAはプロジェクト・オリエンティッドな組織。間接業務はプロジェクトを成功させるためにあるが、目立たないことが多いため、プロジェクト側から感謝を言葉にして間接業務のメンバーにきちんと伝えることが重要であると考えた。はやぶさ2でも間接業務のメンバーに助けられることが多かった。

― 座右の銘について教えてほしい。

津田:「仲間を信じること」、「科学に徹すること」、「童心を忘れないこと」だ。

●考察

津田先生のインタビューや著書を通して、はやぶさ2のプロジェクトにおける「働く人のモチベーション」を保つための工夫が明らかになってきた。チーム内で事前の徹底したシミュレーションと議論を行い、また各メンバーに裁量を持たせて自由な研究をやってもらいながら、自由に意見が言える雰囲気作りを目指した。対外的にはリスクやチャレンジなどを外部に見せる戦略をとった。こういった工夫の中には、当WGの過去の記事[3]でも触れた慶應義塾大学 前野隆司先生の幸福経営学研究における7つの「幸せ因子」につながるものがあると言える。
 ■7つの「幸せ因子」
  @ 自己成長(新たな学び)
  A リフレッシュ(ほっとひと息)
  B チームワーク(ともに歩む)
  C 役割認識(自分ゴト)
  D 他者承認(見てもらえている)
  E 他者貢献(誰かのため)
  F 自己裁量(マイペース)

はやぶさ2プロジェクトにおいて津田先生が心掛けていた工夫の数々を、具体的にこの幸せ因子に当てはめてみると、次のようになる。

  • 幸せ因子「@自己成長」「E他者貢献」
    2013年のプロジェクト正式発足当初、メンバーに対して、自身のスキルアップや社会での存在感が増すなど、このプロジェクトがメンバー個人にとってどんな良いことがあるかを伝えている。加えて、このプロジェクトの社会からの注目や評価の高さについても説明し、目の前のはやぶさ2プロジェクトだけでなく、その先まで見据えた価値の大きさを認識させている。
  • 幸せ因子「Aリフレッシュ」
    プロジェクトチームでは、リュウグウの各地点に「ウラシマクレーター」「たまてばこ」「おむすびころりんクレーター」などの遊び心に満ちた地名を付けた。また運用メンバーは、管制室の向かいにある「スナック乙姫」と名付けられた休憩スペースで息抜きをしていたと言う。これらは強いプレッシャーのかかるプロジェクトの各局面において、一定の息抜きやリフレッシュの効果を与えたのではないかと思われる。
  • 幸せ因子「Bチームワーク」
    科学者としての共通言語を持ち、価値観を共有しながら、独断でも多数決でもなく、徹底して議論し、チームの総意として結論を導くことを意識した。これは、マーティン・セリグマン教授の唱えるウェルビーイング5つの構成要素の一つ、「ポジティブな関係性(Relationship)=周りの人々と本質的につながっていることが幸せに関与する」と言い換えることができよう。(Seligman,2011)[4]
  • 幸せ因子「C役割認識」
    メンバーにプロジェクト全体における自分の役割を認識してもらうことを心掛け、長期計画のグランドデザインにおいて、その役割を他の人とも共有できるようにした。それによりメンバーがプロジェクトを自分のこととして捉え、そのプロジェクトにおける自分の位置づけを意識するようになった。
  • 幸せ因子「D他者承認」
    広報戦略として、プロジェクトとしてチャレンジするところを積極的に対外発信していくようにした。プロジェクトの成果だけでなくリスクも含めてその過程を見せていくことで、プロジェクトがうまくいってもいかなくても、味方として見てくれるようになり、世論や国民を味方につけることができた。世論や国民に関心を持ってもらうことで、メンバーも他者に見てもらえているという感覚を持つことができた。
  • 幸せ因子「F自己裁量」
    メンバーは自分の専門分野だけでなく、より広い分野で可能性を持っている人ばかりだった。面白いと思ったことは業務時間内でもよいので、どんどんやってほしい、プロジェクトに関係ないことでもOK、自分で満足する成果を見つけていこうという雰囲気を作るように心掛けていた(仕事に対する裁量の重要性は、Warr(1999)[5]でも触れられている)。このような個人の自由な研究が、着陸の時のアイディア出しに役立った。

幸せ因子を多く提供することでメンバーの幸福度が高まり、その結果メンバーが高いパフォーマンスを発揮することができる。幸福度が仕事のパフォーマンスに与える影響については、同じく本WGの過去の記事[6]でも取り上げた日立製作所フェロー矢野和男氏の著書[7]でも触れられている。プロジェクトマネージャーである津田先生のこれらの工夫の数々は、プロジェクトの成功に多大な影響を与えたと考えられる。

おわりに

はやぶさ2という世間的に大きな注目を集めたビッグプロジェクトにおいて、そのプロジェクトマネージャーをつとめた津田先生が感じた重圧は計り知れないものであったと思う。ましてや国家の威信をかけたプロジェクトとなれば、その使命感がえてして悲壮感となり、現場の雰囲気は切迫感や張り詰めた空気で満ちていたのではないかと想像していた。しかし津田先生の著書を読み、かつご本人から直接当時の話を聞くと、そのような悲壮感よりも、むしろ楽しむことに重きを置いたマネジメントが中心であったことがわかる。もちろんその土台には、科学者らしく徹底した議論と事前準備(シミュレーション)があったのだが、同時にそこにはメンバーの「幸せ因子」を高めるための「太陽的対策」が随所にちりばめられていたのである。

不測の事態にうまく対処することがプロジェクトの成功確率を高めると仮定するならば、はやぶさ2のプロジェクトで津田先生は、互いに信頼しあえる強固なチームワークを築くことで、不測の事態に対応できる力を養っていった。それだけでなく、プロジェクトのプロセスを外部に発信することで、世間の注目をポジティブに作用させ、世間を味方につけていった。このような津田先生のプロジェクトマネージャーとしての姿勢や行動が、メンバーの幸せ因子を高め、その結果としてプロジェクトの生産性・クリエイティビティが高まっていった。津田先生の言葉を借りれば、このプロジェクトの成功確率は「五分五分だった」とのことであるが、これらの随所にちりばめられた幸せ因子が、プロジェクトの成功を確実なものにしたことは明らかである。はやぶさ2がリュウグウに到着する前から、このプロジェクトの成功は約束されていたと言っても過言ではないと、筆者は考えている。

最後に、大変お忙しい最中に、快くインタビューに応じて下さった津田先生に、WGメンバー一同、心から感謝の意を表する。

 


【参考資料・出展】
[1] 津田雄一:はやぶさ2 最強ミッションの真実, NHK出版新書, 2020年
[2] 津田雄一:はやぶさ2の宇宙大航海記, 宝島社, 2021年
[3] JNSA 組織で働く人間が引き起こす不正・事故対応WG:慶應義塾大学 大学院システムデザイン・マネジメント研究科(兼 ウェルビーイングリサーチセンター長)前野隆司教授への【はたらく人の幸せに関する調査】に関するインタビュー, 2021年
https://www.jnsa.org/result/soshiki/99_maeno_202103.html
[4] Seligman, M. E. P.:Flourish, 2011年
[5] Warr, P.:Well-Being and the workplace, 1999年
[6] JNSA 組織で働く人間が引き起こす不正・事故対応WG:株式会社日立製作所矢野和男氏へのインタビュー, 2021年
https://www.jnsa.org/result/soshiki/99_yano_202109.html
[7]矢野和男:データの見えざる手:ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会, 草思社, 2014年

(JNSA 組織で働く人間が引き起こす不正・事故対応 WG 三浦康暢)


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