組織で働く人間が引き起こす不正・事故対応WGによる人事部門へのヒアリング
<特別編 第7回>

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防災科学技術研究所 安藤理事への「活きいきと働くための施策」に関するインタビュー

【国立研究開発法人 防災科学技術研究所の概要】
■ 職員数:341名(研究職168名、事務職173名) ※2022年3月31日現在
■ 研究拠点:本所(茨城県つくば市)、雪氷防災研究センター(新潟県長岡市)、雪氷防災研究センター新庄雪氷環境実験所(山形県新庄市)、兵庫耐震工学研究センター(兵庫県三木市)
■ 予算(運営費交付金):76.6億円(2021年度)
■ 所管:文部科学省

●はじめに

【写真】今回お話を伺った安藤慶明氏
今回お話を伺った安藤慶明氏

国立研究開発法人 防災科学技術研究所(以下「防災科研」)は、災害に強い社会の実現を目指し、地震、火山、気象、土砂及び雪氷災害による被害の軽減に関する研究開発を行なっている国立研究開発法人である。今回、理事(副所長に相当)の安藤慶明氏にお時間を頂き、お話を伺った。クリエイティビティや立場の異なる者同士のコラボレーションが求められる現代社会において、従前よりこれらの能力を発揮し、新たな発見を日々追い求める研究機関の取り組みは、民間企業・組織にも大いに参考となるものだと思う。
  

 

茨城県つくば市の防災科研本所(防災科研提供)
茨城県つくば市の防災科研本所(防災科研提供)
インタビューの様子
インタビューの様子

●「防災科研」とは

「防災科研」は、基礎研究部門(8部門)や基盤的研究開発センター(5センター)と、それを支える企画部や総務部等の管理部門で構成された防災に関する科学技術の研究を行う文部科学省所管の国立研究開発法人である。

出典:防災科学技術研究所HP




防災科研の概要の詳細は、「防災科研のご紹介2020(日本語字幕版)」(防災科研公式YouTubeチャンネル)をご覧下さい
https://www.youtube.com/watch?v=uN6iU0QUjIc

(防災科研提供)
南海トラフ地震の想定震源域のうち、観測網が設置されていない海域(高知県沖〜日向灘)に、南海トラフ海底地震津波観測網「N-net」を構築中です。
(防災科研提供)

例えば、「基盤的研究開発センター」の1つである「地震津波火山ネットワークセンター」では、日本各地に設置された観測計から観測されたデータを陸海統合地震津波火山観測網「MOWLAS(モウラス)」によってリアルタイムに把握しており、この仕組みを基に適切な災害対応に繋げている。

また、つくば市の他、災害の苦い経験を有する地域に設立された特徴的な実験研究を進める全国4カ所の研究拠点には、災害を引き起こす自然の脅威をリアルに再現できる実験施設等があり、災害被害軽減の研究が日々行われている。



兵庫耐震工学研究センター 実大三次元震動破壊実験施設(E−ディフェンス)(兵庫県三木市)
20m×15mの世界最大級の能力を持つ振動台を使って、さまざまな強さや周期の地震の揺れを再現することができる。住宅や産業インフラ等の耐震性能の評価や対策技術の検証、機能維持性能の検証システムの確立などに生かされている。
 
大型降雨実験施設(茨城県つくば市)
写真提供:(株)一条工務店
世界最大級の散水面積を持つ降雨実験施設で、1時間あたりの雨量300mmの豪雨まで再現することができ、土砂崩れや浸水の研究、自動運転技術やドローンの技術の検証などに利用されている。官民問わず利用されており、株式会社一条工務店と防災科研が共同で取り組んだ「耐水害住宅」の開発・製品化(写真左)は、環境省主催「気候変動アクション環境大臣表彰」の令和2年度の受賞者に選定された。
 
雪氷防災実験棟(山形県新庄市)
真夏でも天然に近い結晶型の雪を再現して降らせることのできる世界唯一の施設で、降雪や着氷が起こす現象の解明や、屋根雪、着雪、吹雪、雪崩などに関わる災害対策の効果をリアルに検証することができる。
 
各施設の詳細は、YouTube動画をご参照下さい。
https://www.youtube.com/@C2010NIED
(防災科研提供)

●活きいきと働くための取り組み

ブランディング活動

研究機関としての価値や社会への役割を意識して、仕事に取り組むことで、所員の士気を高めることができるのではないか。このような想いを基に、防災科研ではブランディングと称してプロモーション・コミュニケーション活動を積極的に実施している。きっかけは、防災科研の知名度の低さに対する危機感だ。安藤氏によると、防災科研と同様に国立の研究機関であるJAXA(宇宙航空研究開発機構)の知名度が70-80%程度であったのに対して、防災科研は10%程度の知名度しかなかったのだという。上記「MOWLAS」のデータは民間企業などで幅広く活用されており、気象庁による緊急地震速報や津波情報、JRの新幹線早期地震検知システムにも利用されている。このように、防災科研の研究は私たちの生活と密接に結びついており、目に見える形で活用されているにもかかわらず、その技術の背後にある「防災科研」の姿はなかなか見えてこないという現状があった。

このような背景から、ブランディングの一環として、タグライン・ステートメント・ロゴマークを「防災科研のアイデンティティ」として新たに作成した。このアイデンティティは、所員全員で議論して決定していったという。これにより、所員は「予測から対応、回復まで」という自分自身の職場における仕事の範囲を理解したうえで、そのミッションを明確に意識することができるようになった。

タグライン・ステートメント
タグライン・ステートメント
ロゴマーク
ロゴマーク

出典:防災科学技術研究所HP 

さらに、プロモーション活動の一環として組織の公式YouTubeチャンネルを持ち、動画配信を通じて防災科研の研究や施設の紹介を積極的に行なっている。その内容は、専門的な研究内容だけではなく、雪下ろしのタイミングを判断するため開発されたツールである「雪おろシグナル※」の使い方や、私たちの生活に直接役立つ情報、子どもたちに災害の仕組みを分かりやすく伝える「Dr.ナダレンジャーの防災科学教室」、研究者が作る研究紹介動画の配信等、多岐に渡っている。このように、研究者が自身の研究を外部に分かりやすく積極的に発信する機会を作っていくことで、防災科研の仕事を可視化しているのである。

「雪おろシグナル」の使い方
「雪おろシグナル」の使い方
Dr.ナダレンジャーの防災科学教室
Dr.ナダレンジャーの防災科学教室

出典:YouTubeチャンネル「防災科学技術研究所 / NIED」


※「雪おろシグナル」は、新潟大学が開発した「準リアルタイム積雪分布監視システム」と、積雪深の情報を重さに変換可能なシステムである積雪変質モデル「SNOWPACK」の2つのシステムから構成されている。詳細は、bosaiXview(防災クロスビュー)をご参照下さい。

「健康経営」への取り組み

防災科研の仕事は、机上の研究だけに留まらない。災害が発生すれば、自宅から離れ、内閣府の災害時情報集約支援チーム(ISUT)の一員として、過酷な環境で、災害対策本部の活動支援を実施する。所員は、いつ起きるか分からない災害に備える必要があるのだ。そのためにも、所員は健康に対して高い意識を持つ必要がある。加えて、防災科研の仕事はその性質上、専門性が高いため、健康上の事情による業務からの離脱があると、研究が進まなくなってしまう恐れもある。

このような背景から、防災科研では、「健康経営」を推進している。具体的には、各部署の健康づくりリーダーが各部署における健康に関する課題の聞き取りを行い、産業医等を交えて定期的にディスカッションを行い、施策を練り提案している。

出典:防災科学技術研究所HP




2011年3月東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)でも、災害現場に出向いた。この震災をきっかけに日本海溝海底地震津波観測網(S-net)を構築(防災科研提供)

部門・職種の垣根を超えたコミュニケーション

部門や職種、職位の垣根を超えたタテ・ヨコ・ナナメのコミュニケーションを図り、様々な知見からコラボレーションを促進するため、下記のような取り組みを通じて、風通しの良い雰囲気を醸成している。

A 研究の活性化戦略検討チーム
「研究の活性化戦略検討チーム」では、研究環境の活性化、事務改善の効率化や制度改革を事務職だけでなく、研究職自身も参加して、協働して検討し、改善提案を行っている。若手を中心に多様な意見を取り入れている。

B ワークショップ・勉強会・結の会
勉強会やワークショップでは、様々な部門から所員が集まり、毎回異なるテーマでディスカッションを行なっている。「結(ゆい)の会」は、有志の幹事が呼びかけ、仕事の話だけではなく、趣味等のプライベートの話をする場として機能している。

C 理事長との意見交換会
研究職・事務職と理事長・理事(それぞれ所長・副所長に相当)との意見交換の場を設け、組織運営における改善点を吸い上げることで、一つずつ改善を行なっている。

●考察

(防災科研提供)

安藤氏は、「創意工夫が研究の根源であるため、研究機関は所員の主体性や、やる気を重視する太陽的政策※を重視しなければならない」と述べていた。創造性を高めるためには、従業員の幸福度は大変重要であると考えられる。Lyubomirsky et.al(2005)によると、「幸福度の高い従業員はそうでない従業員と比較して、創造性が3倍高い」という。上記に挙げた防災科研の取り組みは、従業員の幸福度を高めることに貢献していると考えられる。これにより、創造性が向上し、新たな施策や研究のアイディアに繋がるという良い循環が生まれているのではないだろうか。

※当WGでは、内部不正を「世の中でよく見られる『あれはダメ、これもダメ』といったイソップ寓話の『北風的』な対策」では、働く人間に起因する事故を本質的に解決するには至らないと考えており、働いている人間のESを向上させ、明朗快活な職場環境を作りだす「太陽的」な対策こそが、本質的な対策になり得ると考えている。
詳細については、https://www.jnsa.org/result/soshiki/をご参照下さい。

防災科研の取り組みを、当WGの過去の記事でも触れた7つの「幸せ因子」(パーソル総合研究所・前野, 2022)を基に整理すると、下記の通りとなる。


因子名称 概念定義 防災科研における事例
@ 自己成長 仕事を通じて、未知な事象に対峙して新たな学びを得たり能力の高まりを期待することができている状態 研究機関という性質上、所員は日々未知の事象に対峙して、新たな発見を得ていると考えられる。
A リフレッシュ 仕事を一時的に離れて精神的・身体的にも英気を養うことができていたり、私生活が安定している状態 研究所内に、手軽に軽食を食べられるよう無人店舗式の軽食スタンド「スキャンアンドゴー」を設置したところ、これをきっかけに所員同士のふとした会話が多く生まれているという。
B チームワーク 仕事の目的を共有し、相互に励まし、助け合える仲間との繋がりを感じることができている状態 「防災科研のアイデンティティ」により、仕事の目的が明確化されている。加えて、「結の会」や「勉強会」等を通じて、研究を支え合う仲間との繋がりを実感することができていると考えられる。
C 役割認識 自分の仕事にポジティブな意味を見出しており、自分なりの役割を能動的に担えている実感が得られている状態 「連絡調整会議」や「研究の活性化戦略検討チーム」の取り組みにより、研究職・事務職のそれぞれが自身の役割を認識し、研究の前進に貢献している実感が得られていると考えられる。
D 他者承認 自分や自分の仕事は周りから関心を持たれ、好ましい評価を受けていると思えている状態 先に挙げたプロモーション活動を通じて、防災科研の仕事が専門分野に携わる人だけではなく、世の中に広く知られ、多くの人から感謝をされている。
E 他者貢献 仕事を通じて関わる他者や社会にとって、良い影響を与え、役に立っていると思えている状態 災害が多い日本における防災科研の研究は、人々の安全な生活に直結するものであり、多くの所員は他者貢献を実感していると考えられる。
F 自己裁量 仕事で自分の考えや意見を述べることができ、自分の意志やペースで計画・遂行することができている状態 当然ながら、研究職は自分の考えや意見を述べる機会が多いと考えられるが、研究職だけではなく、事務職においても「連絡調整会議」等において意見を述べる機会が与えられている。また、研究機関という特性上、個々人の自主性や主体性が重視されている。
(防災科研提供)
    防災ウォーク2022ポスター(防災科研提供)

上記に加えて、「健康経営」の取り組みも所員の幸福度を高めることに貢献していると考えられる。ウェルネス総合研究所の調査(2021)によると、積極的に健康を目指している群は最も幸福度が高く、それに対して健康に無関心だった群は最も幸福度が低かったという。内閣府による「満足度・生活の質に関する調査」(2022)においても、健康状態に関する主観的な満足度は生活満足度にプラスに有意であったことが報告されており、スポーツ行動者と健康状態に関する満足度も正の相関がみられている(内閣府, 2020)。つまり、実際の心身の健康はともかくとして、スポーツ行動によって主観的な健康状態に関する満足度は向上し、またそれは生活満足度の構成要素の一つとなっているのである。防災科研では、所員のアイディアにより歩数の多さなどを競う「防災ウォーク2022」を実施した。このような取り組みを通じて所員のスポーツ習慣作りに取り組むことは、健康への意識を高め、所員の幸福度向上に繋がっているのだろう。


●おわりに

(左から林春男理事長、安藤慶明理事、JNSA内部不正WGメンバー)
(左から林春男理事長、安藤慶明理事、JNSA内部不正WGメンバー)

「国立の研究機関」と聞くと、一般の人が聞いても分からないような地味で難解なことに取り組んでいる、というイメージを持たれる方も多いのではないだろうか。失礼ながら、筆者もそのようなイメージを持っていた。しかし、今回のインタビューをきっかけに、防災科研のHPやYouTubeチャンネルを拝見し、そのイメージが大きく変わった。専門知識を持たない人にも分かりやすく研究について伝える工夫が随所にちりばめられており、防災科研の魅力や存在価値を強く感じた。

洗練されたコピーも強く印象に残った。「防災科研」を知らない人でも、「生きる、を支える科学技術 ― 一秒でも早い予測を。一分でも早い避難を。一日でも早い回復を。」というコピーを読むだけで、研究内容や社会での役割を想像することができる。

このような取り組みは、日々難しい研究に取り組む研究職と広報や企画等の担当である事務職という異なる専門性を持ったプロフェッショナル同士の掛け算によって生まれてきたのだと思う。そして、この掛け算は「7つの幸せ因子」をバランスよく網羅した防災科研の様々な取り組みによって、相乗効果を生み出しているのだろう。研究機関だけでなく、民間企業であっても様々な職種が協力しあって、仕事をしていく場面は多くある。防災科研の取り組みは、どのような組織においても応用できる点が数多にあるのではないだろうか。


<参考文献>

  • 一般社団法人ウェルネス総合研究所(2021)「ウェルネストレンド白書 vol.1」
  • 国立研究開発法人防災科学技術研究所HP, https://www.bosai.go.jp
  • 国立研究開発法人防災科学技術研究所「雪おろシグナル」https://xview.bosai.go.jp/products/snow-weight/
  • Lyubomirsky, S., King, L., & Diener, E. (2005). The Benefits of Frequent Positive Affect: Does Happiness Lead to Success? Psychological Bulletin, 131(6), 803-855.
  • 内閣府(2022)「満足度・生活の質に関する調査報告書 2022 〜我が国の Well-being の動向〜」
  • 内閣府(2020)「『満足度・生活の質に関する調査』に関する第4次報告書 〜生活満足度・暮らしのレポート〜(生活満足度の観点から経済社会構造を「見える化」する)」
  • YouTubeチャンネル「防災科学技術研究所 / NIED」https://www.youtube.com/channel/UC7SIq9ATVYakPSPS87LZHHw
(JNSA 組織で働く人間が引き起こす不正・事故対応 WG 黒沼紗緒梨)


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