組織で働く人間が引き起こす不正・事故対応WGによる人事部門へのヒアリング
<特別編 第8回>

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法務省 公安調査庁への「活きいきと働くための施策」に関するインタビュー

法務省 公安調査庁
【法務省 公安調査庁の概要】
■ 職員数:約1,800名
■ 国内拠点:本庁、公安調査局(8局)、公安調査事務所(14事務所)、公安調査庁研修所
■ 所管する法律:
  ・公安調査庁設置法
  ・破壊活動防止法
  ・無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律(団体規制法)

●はじめに

日本が舞台のスパイ映画「007は二度死ぬ」では、主役の英国スパイが「日本側の組織」の助けを借りながら活躍する。今回は、この日本側組織のモデルとなった政府機関、「公安調査庁」(Public Security Intelligence Agency、PSIA)に、お邪魔してお話をうかがった。

法務省の外局として設置された公安調査庁は、「公共の安全の確保」を図ることを任務とする政府機関であり、「情報の力で国民を守る」ことをミッションとしている。人々(Public)のセキュリティ(Security)のための情報(Intelligence)を扱う役目を担っている部局(Agency)ということである。なお、法務省の外局には、公安調査庁以外に「出入国在留管理庁」、「公安審査委員会」がある。

今回、この公安調査庁の中枢とも言える総務部の部長の霜田仁氏(左)、同総務部人事課長の武田雅之氏(右)から話を聴く機会を頂戴した。

総務部長 霜田仁氏(左)、同総務部人事課長 武田雅之氏(右)

公安調査庁は、国家レベルでの情報収集を行う国内に複数ある機関のひとつである。この国家レベルでの情報収集は、冒頭で話題にしたように映画やドラマ、アニメなどでしばしば題材となり、「スパイ」と称されることもある。今回、一般の国民が詳しくは知らない、この特殊な業務に携わる人々がどのような状況で働いているのかを知る、極めて貴重な内容となった。

●公安調査庁とは?

公安調査庁は、1952年(昭和27年)に設置された日本の行政機関で、「破壊活動防止法」及び「無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律(団体規制法)」に基づく団体規制に関する調査等を行い、もって、公共の安全の確保を図ることを任務としている。また、団体規制に関する調査において収集、分析した経済安全保障に関する情勢、国際テロリズムや北朝鮮・中国・ロシア等の周辺諸国を始めとする諸外国の情勢、国内諸団体の動向といった国内外の諸動向に関する情報については、内閣の情報機能の強化や危機管理及び政府の重要施策の推進に貢献するため、必要に応じて関係機関に提供している。

この組織のミッションは主に「団体規制」と「情報貢献」の2つに大別され、公安調査庁の業務は、この2つの柱から成り立っている。その2つの柱の概要を紹介する。

1.団体規制

「団体規制」は、破壊活動防止法及び団体規制法に基づいて、暴力主義的破壊活動を行った団体や無差別大量殺人行為を行った団体について調査、処分の請求及び規制措置を行うことだ。調査の結果、規制の必要があると認められる場合には、団体の規制に関し、審査及び決定を行う機関である公安審査委員会に対し、その団体活動の制限若しくは解散の指定の処分又は観察処分若しくは再発防止処分の請求を行う。

この有名な例が2000年(平成12年)2月から観察処分の対象となっているいわゆるオウム真理教だ。この観察処分には、公安調査庁による団体施設への立入検査などもあり、かなり入り込んだ形での観察となる。このような危険性の高い団体の活動状況は、同処分の期間中、継続的に観察され続ける。

[出典]公安調査庁サイト(以降の挿入図も同様の出典)
[出典]公安調査庁サイト(以降の挿入図も同様の出典)

2.情報貢献

意外かもしれないが、公安調査庁の調査結果は、必ずしも組織内で秘匿されるわけではない。公安調査庁は、「情報コミュニティのコアメンバー(詳細は下記の図を参照)」として、「内閣情報会議」及びその下に設置されている「合同情報会議」のほか、官邸や内閣官房といった関係機関に対して、政府の施策決定に資する情報を日々提供する業務も担っている。さらに、「国家安全保障会議」や、それを補佐する「国家安全保障局」に対しても情報を提供している。

提供する情報は、「治安情報」と「政策情報」の2つに分類されている。「治安情報」はその名の通り、治安の確保に資する情報。この情報は、例えば、調査の過程で、ある団体が国民の生命を脅かす活動を計画しているといった情報を入手した場合、速やかに政府内のしかるべき機関と連携することで、その計画を阻止するための情報となる。

もう一方の「政策情報」は、政府の政策決定に資する情報である。例えば、調査の過程で、我が国の安全保障や国益に係る情報を入手した場合、政府内のしかるべき機関に提供することで、政策決定の判断材料となる。

公安調査庁は、無差別大量殺人行為を含む暴力主義的破壊活動を行うおそれのある団体について、当該団体の組織及び活動並びに当該団体の活動に影響を与える内外の諸動向について、調査を実施しており、これらに該当しない一般市民が調査の対象となることはない。そもそも、公安調査庁は国民を厳しく制御しようとするようなミッションを持っておらず、あくまで情報収集・分析機関として、法に忠実にその業務を遂行しているのだ。

[出典]公安調査庁サイト(以降の挿入図も同様の出典)

●公安調査庁とその他の情報を扱う組織の違い

公安という名前がついている政府の部門は、今回お話を伺った法務省の公安調査庁以外に「警察庁」にも存在する。さらに、公安という名称はついていないが、「内閣情報調査室」、「外務省」、「防衛省」も類似の機能を持つ。日本では、これら5つの政府機関が、「情報コミュニティのコアメンバー」として、それぞれの立場で必要な情報収集を行なっている。

また、「拡大情報コミュニティ」として、上記のコアメンバーに「金融庁」、「財務省」、「経済産業省」、「海上保安庁」の省庁が加えられ、必要に応じて協力関係を築いているとのことである。

情報コミュニティのコアメンバーとして挙げた5つの組織は、どれも「情報収集」や「情報分析」を行う政府系の組織であるが、母体となる組織それぞれが必要とする情報の性質が異なることから、それぞれの対象とする目的や情報自体に違いがある。そのため、外部から見ると似ているように見えるが、これらの組織が実際に行う調査の内容、そして組織の性格は異なる。

また、先述したように、公安調査庁の役割の柱のひとつに情報貢献がある。そのため、収集した情報は必要に応じて、特定の政府機関などに提供される。その他、防衛省は軍事・防衛情報の収集・分析、外務省は対象が外国となるなど、調査対象や特性は5つの組織でそれぞれ異なるのだ。

このように、情報を収集・分析する組織と言っても、必要な情報や対象に違いがあるのだ。このような要因が複合的に関係することで、各組織の情報収集・分析のプロセスや特性が異なる。そして、その「違い」を決定的なものにする大本に、各組織が情報収集するために「基づく法律」が異なることがあるそうだ。

(ここまで、「公安調査庁」という組織、その担当業務の概要について紹介した。ここからは、公安調査庁という「働く場所」、そしてそこで「働く人々」に関して、お伺いしたお話を中心に紹介する。)

●スパイと公安調査庁

冒頭でも触れたように、多くの人は、「スパイ」という言葉から、全世界的に人気があるスパイ映画「007」や「ミッション:インポッシブル」のアクションシーンを思い浮かべることだろう。また、テレビドラマやアニメの題材にも「スパイ」はしばしば登場する。最近のテレビ「VIVANT」、「スパイ×ファミリー」の、派手なスパイアクションを記憶している人も多いだろう。

しかし、公安調査庁の職員の業務は、映画やドラマで描かれる姿との一定の類似性はあれども、実際の業務の「ありよう」は大きく異なり、それほどドラマチックではないようだ。公安調査庁の業務を遂行する上で、フィクションとして描かれる「スパイ」たちのように並外れた跳躍力や格闘技術などが求められる訳ではないそうだ。

それでも、公安調査庁の職員と「スパイ」という職業が全く無縁、というわけでもない。なぜなら、今回お話を伺ったご両名とも、公安調査庁への入庁の動機は「スパイに憧れた」というものだったからである。情報の世界を知るきっかけとして、スパイ映画やテレビドラマ、アニメが公安調査庁の職員に少なからず影響を与えているのかも知れない。

------------------ コラム「公安調査庁の職員になる方法」 ------------------ この記事を読んでいる方の中にも、幼少期に「スパイに憧れた」経験があったという方も少なくないのではないでしょうか。筆者自身も思春期を経て大人になり、その時の感情を詳細に覚えてはいませんが、思い返すと、「007」や「ミッション:インポッシブル」、最近では「VIVANT」その他数多くの映画やアニメに出てくるスパイにそれなりの憧れを持っていたと思います。

 今回、思い切って少年に戻った感じで、インタビューの中で「公安調査庁の職員になるためにはどうしたらよいか?」という質問をしてみました。その回答は以下のようなものでした。

 まず、公安調査庁の職員は、大半が国家公務員試験を受けて採用されているそうです。これは誰もが予想通りの結果だったでしょう。公安調査庁は法務省の外局であり、職員は国家公務員なので、当然のことと言えるでしょう。しかし、その後に続いた言葉には驚きました。その事実とは、昨年度採用された公安調査庁の職員のうち「約30%が中途採用」というものです。

 もちろん、一般の企業なら中途採用が30%と聞いても驚きません。むしろ、伝統ある企業の場合は、ちょうどよいバランスと言えるかも知れません。しかし、これが中央省庁ともなると話は別です。なぜなら、一般的に中央省庁は、難関国公立大学級の卒業生で国家公務員試験に合格した人たちだけの狭き門だからです。

 しかし、その「驚きの事実」の理由は実にシンプルでした。その理由は、まず情報収集の際には、特殊技能が必要となる場面もあるというものです。たとえば、最近アラビア語に堪能な人材の採用があったとのことでした。このようなあまり喋れる人がいない外国語は、その絶対数が少ないのです。そして、語学の習得には数年単位の時間がかかることから、すでにその能力を持つ人材を中途採用するのが効率的だという論理は非常に理にかなっているものだと言えるでしょう。

 また、公安調査庁は情報収集と分析という特殊な任務を担っていることから、充実した教育訓練を実施させて来たそうです。しかし、その教育対象の範囲は多岐にわたり、すべてを教育訓練で包含することは難しい場合もあります。だからこそ、特殊な知識や技能を既に持つ人材を採用する必要があったのでしょう。そのような理由で、中央省庁でありながら中途採用の人員比率が30%の組織となったのです。

 つまり、中途採用で公安調査庁の職員になりたい人は、特殊な技能を持つことが一つのアピールになると言えます。「あなたもスパイになれる!」という表現は誤解を招くかもしれませんが、公安調査庁の職員になる方法は意外と多く存在しているようです。Webにも就職氷河期世代向けの採用募集という記載もあり、思った以上に多様な人材が入庁することが可能なようです。

 募集はそれなりに幅広く実施されているようなので、公安調査庁に興味がある人は、以下のURLを定期的に閲覧すると良いかも知れません。

 ※公安調査庁 職員採用案内:https://www.moj.go.jp/psia/kouan_saiyo_index.html

●公安調査庁が「風通しの良い職場」であることの意味

法令に基づく行政サービスの提供という重要な使命を担っていることもあり、国家公務員は、例外無くその業務を非常に厳格に行っている。さらに、国家公務員には、公共の福祉への配慮を怠ることは許されない。その結果、国家公務員の一般的なイメージは「厳格」という言葉で表現されるものになりがちだ。

しかし、筆者が公安調査庁に対して、このWGのテーマである「従業員(職員)が活きいきと働くための施策は何か?」と尋ねた際の彼らの回答は非常に意外なものであった。それは、「風通しの良い職場環境を整備する」というものであった。

公安調査庁のような情報収集・分析活動をする組織と、「風通しの良い職場」は矛盾するようにも感じる。なぜなら、「風通しの良い職場」とは、「上司や部下、同僚間で自由に意見を交換でき、新たなアイデアや改善提案が生まれやすい職場環境」のような感じになるからである。このイメージは、厳格な官僚組織のそれと大きく異なっているのではないだろうか。

さらに、「風通しの良い職場」には、「平等な待遇」も必要である。平等な待遇とは、一般的に学歴や役職、年齢に関係なく、「仕事そのもの」が評価され、それに見合った見返りがあること。また、各メンバーが尊重され、明確な評価基準が存在し、人事や昇進が公平に行われることも必要だろう。しかし、国家公務員は、職に就く際の入り口の段階で、明確に分けられて採用されており、必ずしも平等とは言いにくいはずである。そこでこのようなことが本当に可能なのだろうか?この疑問を投げかけた際の回答は次のようなものであった。

現行の制度では国家公務員の採用は「総合職」と「一般職」の2つに分類されている。一方、かつては「I種」「II種」「III種」の入り口に分けて採用される制度が、2012年(平成24年)に改正されるまで存在していた。公安調査庁も例外ではなく、他の国家公務員と同様の組織構成だったということになる。

従来の国家公務員「I種」は、いわゆるキャリア組で高級官僚と呼ばれることも多い幹部候補であり、ノンキャリアなどと呼ばれる「II種」「III種」の一般職員とは大きな隔たりがある——これが、テレビドラマなどで見る官僚機構のイメージではないだろうか。そして、セキュリティ業界にいる筆者は、警察関係者と話す機会も多く、このイメージは現実と大きく乖離してはいないという認識であった。

しかし、実際に話を聞くと、公安調査庁は、そのような官僚機構のイメージと一線を画する組織であった。しかも、驚くべきことに「公安調査庁は実力主義が基本」の職場であった。その証拠に、旧制度の下で「II種」「III種」の入り口から職に就いた職員からも、幹部が何人も出ているとのことであった。

特筆すべきは、これが最近始まったものではなく、40年以上前から続けられていることだ。仕事の実績に基づいた選抜と育成、そして独自カリキュラムによる研修、そのサイクルが繰り返され、成果を上げた者が着実に評価される組織となっているのだ。まさに、組織の理想形のひとつだと言えるだろう。

さらに深く聞いてみると、その理由は、非常に納得のいくものだった。そこには公安調査庁が担っている業務は成果が出にくい特殊なもので、むしろ成果が上がるものの方が少なく、結果よりも過程を重視しなければならないという大前提があるというのだ。そして、精度の高い情報の収集・分析を継続的に行うには、そのプロセスこそが重要で、だからこそ実力主義の組織でなければならないということであった。

一般企業の評価は、偶然やラッキーであっても、その結果の方が評価される傾向が少なからずある。一般企業のほとんどは営利組織なので、「稼いだもの勝ち」のロジックだと言えるだろう。しかし、それはその分野の市場自体の成長余地や顧客に恵まれたなど、偶然による要素が少なくない。一方、プロセスを重点的に評価する場合は、偶然が入り込む余地はほとんど無いと言えるだろう。

公安調査庁は、「国家公務員」や「スパイ組織」のイメージとは裏腹に、「風通しの良い職場」を本気で実現しており、かなり理想的な職場に近いと言える。なお、インタビューをしながら筆者がその事実について率直に賞賛の意を表したところ、返ってきたのは「約1,800名の小さな組織だからできること」という回答だった。約1,800名の組織が、小さな組織と言えるかどうかはともかく、公安調査庁にとって、このことは徹底されることが当然で、あたりまえの事だったのだ。

民間企業では、その規模にかかわらず、風通しの悪い職場は数多く存在する。「風通し」は、組織規模が大きくなると悪くなる傾向はある。実際、自ら「風通しの良い職場です」という企業ほど危険な香りをするものは無く、正直それほどあるものではないだろう。一方、職務遂行をしやすい組織を真摯に追求したら、それが実現してしまった——公安調査庁は、そのような組織なのかも知れない。

●働きやすい職場環境を創出する取り組み

働く人々、皆が活躍する職場を実現するには、風通しの良さだけでは十分とは言えないだろう。「働きやすい環境」に正解はない。それは組織ごとに異なり、時代によっても変わるからである。これが理由で、組織・時代に変化があっても働きやすい職場環境を維持するため、「職場環境の改善」や「働き方改革」の継続的実施が、一般的に行われている。

公安調査庁においても「働き方改革推進委員会」が設けられている。この委員会では、職員からの意見を年に2回の頻度で収集しており、「業務改善提案」の随時受け付けや、職場の不満解消の窓口やハラスメントに関するアンケートなども行っているとのことだ。

加えて、ワークライフバランスの啓発と浸透にも尽力し、このような取り組みによって、「理想に近い職場環境の実現」と「時代の変化への対応」の双方を実現している職場が公安調査庁だ。

また、それを組織全体に徹底させる動きも忘れずに行っており、全国22の拠点(8局と14事務所)を巡り、それらの施策の実施状況を確認している。つまり、一時的な流行や形骸化したワークライフバランスの向上や働き方改革ではなく、長期的視点で実施され、しかも組織全体で取り組みが徹底されていると言えるだろう。

本庁・研修所・局・事務所の所在地

また、公安調査庁では、最近の企業ではあまり一般的ではない、職員のジョブローテーションも活発に行われている。これも公安調査庁のような特殊な任務を担っている組織で、人材をできるだけ有効に活用するために必要な施策なのだろう。具体的な業務の説明のため、まず公安調査庁の3つの業務について以下に述べる。

<公安調査庁の3つの主な業務>

  1. 調査業務(各調査局や事務所で情報を収集する役割)
  2. 分析業務(調査官が収集した情報を分析する役割)
  3. スタッフ業務(予算、会計、人事、広報、情報公開、企画調整、法令案の作成など)

職員は、通常この3つに分類された業務をまず一通り経験(ローテーション)する。そして、このジョブローテーションの結果、一定の年齢や役職についた時点で、どの分野に特化して進んでいくかが、自ずと決まっていくとのことだ。

人には向き不向きがある。長い時間をかけて多種多様な業務を経験することで、自分に向いた業務を見つけることができる。もちろん、必ず自分向きの最適な業務が見つかるとは限らないが、公安調査庁は、思いのほか多様なキャリアパス(選択肢)があり、職員は自分に合った業務で働くことができるというわけだ。

このようなことは、日本が急速に成長していた高度経済成長期には、ごく普通だった習慣だったかも知れないが、現代の日本企業ではあまり見られなくなってきている。これは公安調査庁が古い制度を続けているという意味ではない。むしろ、組織に所属する人材を有効活用するための施策として、継続的に活用されていると表現すべきものだろう。

[写真のアングルについて]総務部長と人事課長以外の顔が写らないアングルでのみ撮影可能でした。

なぜなら、それを裏付けるデータが存在するからである。そのデータとは、公安調査庁の離職率だ。公安調査庁の年間離職率は、なんと1%を下回る年もあると言う。つまり、公安調査庁約1,800名の職員で退職するのは「年間に数人から十数人」、これは驚くべき数字だ。公安調査庁は、ほとんどの職員が一度入庁したら定年まで勤め上げるのがあたりまえの職場なのだ。

公安調査庁は、働く人間に多くの選択肢を与え、適性にあった能力を伸ばすための様々な施策を展開することで、組織が担う特殊業務に必要な人材育成を実施している。その結果、そこで働く人間がほとんど辞めない環境を実現しているのだ。実際、職員向けに実施したアンケートの結果も、これらの状況を裏付けるものとなっている。

以下に、公安調査庁が職員向けに実施したアンケートの一例を示す。

各アンケートの割合を見るとセクハラ・パワハラの低さに好感が持てる。また、それ以外にも「今の組織で今後も働き続けたい」、「組織のミッション・役割を理解し、方針に共感」、「働く姿に魅力を感じる目標となる職員」などの項目では、それぞれ74.1%、78.2%、69.0%、と、これらのアンケートではなかなか見られないポジティブな結果の数値となっている。

特に、「挑戦的な取り組みを理解し、サポートしてくれる同僚・先輩が居る」という項目の79.7%という数字は感動に値する。一般的に、組織において挑戦的な取り組みを行う際には、その高い理想が語られるだけ、リスクの指摘が先立つといった反応が多くなりがちだ。そのため、実現のための具体的な行動にはなかなか移せないという状況を見ることも少なくない。

公安調査庁で働く人々の「挑戦的な取り組みを理解し、サポートしてくれる同僚・先輩がいる」という項目の79.7%という数値からは、労多くして成果が出にくい業務にも、同僚が協力を惜しまない状況が感じられる。これは、公安調査庁の情報収集という業務の特性に依るところが多いという側面はある一方、職場としての「風通しのよさ」「平等な待遇」などの組織文化が深く関わっていると言えるだろう。

●おわりに

ここまで述べてきたことから、情報収集・分析活動をする組織のイメージの強い公安調査庁が、そこで働く人間にとって、理想的な職場環境を醸成しているということを、ご理解いただけたのではないだろうか。正直、ベールに包まれた秘密の組織だと思っていた公安調査庁が、このような職場環境を作っている組織だったというのは、まったく予想しておらず、筆者のみならず、ヒアリングに参加したWGメンバーも驚きを隠せなかった。

最後に、お忙しいところ、時間を割いてお話を聞かせて頂いた、公安調査庁 総務部部長の霜田仁氏、同総務部人事課長の武田雅之氏、そしてその職務の特殊性からお名前を出すことと写真を撮ることが難しかった同庁調査官の方々に感謝いたします。

(JNSA 組織で働く人間が引き起こす不正・事故対応 WG 武田一城)

------------------ コラム「公安調査庁ヒアリングを終えて」 ------------------「日本の人事と内部不正」のインタビュー記事シリーズは、2016年より開始し、既に7年以上が経過しています。これまでに取材させていただいた企業や組織は20を超え、その半数以上に、筆者自身も参加してきました。しかし、今回の公安調査庁ほど、本テーマに深く合致する働きやすい職場環境を追求している組織は珍しいと感じました。

 そもそも、本企画の出発点は、「内部不正は組織内の人間が引き起こすものであり、組織の風土や働く人の満足度が大きく影響する」という仮説から始まりました。そして、今回の公安調査庁の取材で、その仮説が組織の基盤や根幹部分と密接に結びついていることを強く感じることができました。

 もちろん、これまでに取材させていただいた企業の風通しが悪いとか、内部不正の可能性があると言っているわけではありません。なぜなら、そういった従業員の満足度が低い企業は、そもそも取材の承諾をしないからです。取材を受けて頂いた企業は、漏れなくどれもが、そのような活動を意識し、実行している企業でした。

 結局のところ、公安調査庁のような組織には、このような組織であるべき必然性があったのでしょう。なぜなら、国家運営に必要な情報収集・分析という特別な職務を担っているわけですから、職員の意識が高くなければ成立せず、情報漏洩などのリスクが高まるなどの具体的な不利益があるからです。

 彼らが扱う情報には、多くの国家機密と呼ばれる重要な情報が含まれると思われます。その情報や分析結果が外部に漏洩することは、国の行く末に関わる問題です。そのような重要な情報を管理するには、職員が内部不正をすることを防止する対策はもちろん、その可能性が高まる職員の不満も大きなリスクに繋がるからでしょう。

 その結果、この内部不正WGの仮説は公安調査庁という組織によって検証がなされたと言えるでしょう。


インタビューに対応頂いた両名とWGメンバー

 

このように、「スパイ組織」というイメージがある公安調査庁が、実は日本でも有数の働きやすい職場環境だったということは非常に驚くべき事実です。このような組織が国家の中枢にあることで、「まだまだ日本も捨てたものでは無い」と、取材を終えてあらためて感じることが出来ました。


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