組織で働く人間が引き起こす不正・事故対応WGによる人事部門へのヒアリング
<特別編 第3回>

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金沢工業大学虎ノ門大学院 伊藤教授への「働く自衛官の満足度の向上・維持」に関するインタビュー

【伊藤俊幸(いとうとしゆき)氏のご紹介】
金沢工業大学虎ノ門大学院 教授
防衛大学校機械工学科卒、筑波大学大学院修士課程(地域研究)修了。海上自衛隊で潜水艦乗りとなる。潜水艦はやしお艦長、在米国日本国大使館防衛駐在官、第2潜水隊司令、海上幕僚監部広報室長、同情報課長、情報本部情報官(※1) 、海上幕僚監部指揮通信情報部長、海上自衛隊第2術科学校長、統合幕僚学校長、海上自衛隊呉地方総監を経て、2016年金沢工業大学虎ノ門大学院教授就任。
※1)防衛省情報本部は、電波、画像、地理、公刊情報等、および防衛省内の各機関、関係省庁、在外公館などから提供される各種情報を集約・整理し、我が国の安全保障に関わる動向分析を行うことを任務とする組織。

●はじめに

【写真】

今回も特別編。金沢工業大学虎ノ門大学院教授の伊藤先生にインタビューさせていただいた。伊藤先生は、フォロワーシップを重視しており、その観点からのリーダーシップ論を展開されている。海上自衛隊のご出身で、軍のような極端に規律を求める特殊な職場においても、トップダウンでぐいぐい引っ張るリーダーシップは機能せず、各人を尊重しそれぞれを活かす形の「サーバントリーダーシップ」が重要という趣旨の考えをお持ちである。

今回は、なかなか外に出ることのない「自衛官の満足度向上のための施策」を伺うまたとない機会となった。 Q&Aというより、自由に思うところをお話いただく形式となったが、大まかに4つの観点で以下に紹介する。



1. 理念・ビジョンの共有

― 防衛省・自衛隊の情報は、これまでほとんど外に出ることがありませんでした。「働く自衛官の満足度」を向上・維持させるために、どのような考え方で、どのような施策を行っているかをお聞かせいただけませんか?

自衛官は、自衛隊法施行規則によって定められた自衛隊員の「服務の宣誓」をします。これは、企業における理念、ビジョンに相当します。自衛官の使命は、「わが国の平和と独立を守る」です。この「平和を守る」ための「抑止力」として平素の活動を行っているわけです。しかしこの服務の宣誓が形骸化し、中には入隊後に内容を忘れている自衛官もいたりします。私が海上自衛隊第2術科学校と統合幕僚学校の校長をしていた時には、この宣誓の読み解きを実施しました。自衛隊は、何のための組織なのか、訓練はどういう意味があるのかをワークショップを通じて再認識させ、日々の業務において、各々が自分事としてその意味を感じてもらえるよう働きかけていました。

2. 現場力を重視

私は海上自衛隊で「潜水艦乗り」になりましたが、海上自衛隊の中でも潜水艦は特殊な組織です。潜水艦乗りは、CAS指数(※2)が2以下の者のみが対象となります。これは精神的に非常に安定した人、ひとつ間違えれば命の危険に晒される環境の下、狭い密室で長時間他人と共同生活を行う「適性」のある人の集団ということになります。
※2) 不安傾向の程度を測定する性格検査である「CAS不安測定検査」による指数。CAS指数は、性格特性の中でも、不安と関係の深い5つの因子で不安傾向の程度を示すもので、各因子を1〜10の段階点で表す。

こうしたメンバーの共通の価値観は「Know Your Boat」。潜水艦乗員は一兵卒から幹部まで、上下に関係なく、全員が艦内すべての機器類を理解しています。潜水艦は、高い水圧がかかる海中において音を立てないように隠密行動をします。この危険な環境下で一か月を過ごすのですが、何か異常が発生しても、すぐに誰かがこれに気づき全員で対処できる、という信頼感が醸成されているのです。高度な技術の裏打ちによりメンタルコントロールされた状態といってもよいでしょう。
 この価値観が共有されているため、厳然とした階級制度があるのですが、潜水艦乗員の関係はフラットであるといえるのです。その中でも特に、豊富な経験や人格をベースとして選抜された「先任伍長(※3)(現場のボス)」は下士官にとってあこがれの存在です。すなわち、自衛隊法に基づき上司が命令して人を動かす「指揮」は当然存在するものの、それよりも人格などの無形の力により率い統べる「統率」を重視して組織をまとめているのです。統率やリーダーシップの定義は、「この人について行こうという部下の気持ちを原動力として組織を動かす方法論」なのです。
 潜水艦艦長として私は、何かを指示する際は、「先任伍長」の統率力を活用していました。特にこれまでと違うことを命ずる際は、(正式な指示命令系統としての)副長にだけ指示するのではなく、必ず先任伍長も同席させたうえで行っていました。そうすれば、上意下達の正式なルートで指示が末端に届くころには、すでに多くの乗員は理解している状態になるからです。伝言ゲームで伝わるよりも、先任伍長を通じた方が乗員はしっかり腹落ちするのです。
 また呉地方総監当時は、何かトラブルを起こした艦艇についての艦長からの報告(正式ルート)が腑に落ちない際は、「呉地方隊先任伍長」にそっと耳打ちし、当該艦の「先任伍長」に確認させるようにしていました。おかげで本当のことがよくわかりました。それ以上は言いませんが(笑)
※3)「先任伍長」の「先任」とは「古参」という意味。「伍長」は、「組長」や「班長」という意味で海上自衛隊においては階級をさす呼称ではなく「役名」。「先任伍長」は「先任海曹(下士官<士官の下、兵士の上のポジション>の古参)」たちのなかで最古参の隊員であり、艦長と同じく1艦につきひとりしかいない。海上自衛隊の規定ではその役割について、規律および風紀の維持や、海曹士の総括、隊内の団結強化などとしている。要はベテランとして艦内の曹士全員をまとめ上げ、幹部の補佐をし、護衛艦や潜水艦の運用に支障をきたさないよう目を光らせるのが仕事。

3. 広報の重要性(自負心の醸成、自己肯定感の向上)

働く人の満足度とは、私は「職場に対する自負心」だと思っています。昔は自衛官の社会的地位は低かった。今の自衛官はもてるらしく、変な自信をもっている(笑)。
 近年、尖閣諸島周辺の日本の領海への中国の侵犯などに対し、艦艇、航空機等をもって対処しているニュースが報道されるようになりましたが、こうした警戒監視は最近始まったことではありません。昔からやってきたことが、近年報道されるようになったのです。私が広報室長だったころは官邸から止められることが多かった。しかし安倍総理が国家安全保障戦略で、「戦略的コミュニケーション」を施策として採用したため、その対応が変わったのです。
 自衛隊の活動が大きく変わったのは、1995年1月17日の阪神淡路大震災です。平素は警察権限がない自衛官たちは、訓練と称して現場に行きました。しかし、目の前の惨状を目にして、当時は県からの要請がないと災害派遣できなかったのですが、自衛隊法の権限を越えて、自らの意思で救助活動を行いました。「困っている人を助けたい。」彼らは進退をかけて体と命を張ったのです。
 しかしその活動は、近隣住民などからの感謝に繋がり、その様子がテレビや新聞を通じて全国に報道され、自衛隊は多くの日本人に認知されたのです。「地震が自衛隊に自信をつけさせた。」と言う人もいるくらい、それは転機となりました。自衛隊法は改正され、今では自衛隊が自主的に災害派遣できるようになりました。その阪神淡路から16年後の東日本大震災においては、人命救助やがれき処理を懸命に行っている自衛隊が、多くの国民の理解を得たことはご承知の通りです。

【写真】
「潜水艦救難母艦ちよだ」で実際の自衛官に
提供されている海自カレー

このように自衛隊の活動を公開し国民に知ってもらうことは、結果的に自衛官に誇りを持たせ、働く意味を実感させることに繋がりました。私は広報室長として「夢で逢いましょう」(2005年TBS)を手掛けましたが、その後は「空飛ぶ広報室」(2013年TBS)など、自衛官を主役とするドラマがテレビで当たり前のように放送されるなど、自衛隊の社会的地位は格段に向上したと思います。
 呉地方総監当時の私は、呉市商工会とコラボして「呉海自カレー(2015年)」を企画しました。呉市は、昔から海上自衛隊との関係が深い自治体でしたが、意外にも市民との関係は希薄でした。自衛官は市内のスナックなど飲み屋には出入りするものの、一般の呉市民と知り合ったり、そもそも呉市各地で行われているお祭りに参加したりすることもない状態でした。そこで私は、海自艦艇で金曜お昼に出されるカレーのレシピを呉市商工会に開示(海自艦艇は、それぞれの艦ごとに独自のカレーのレシピを持っている)、飲食店がその味を忠実に再現、各艦艦長は実際に食してこれを認定、その後お店はメニューの一つとして市民に提供できるというシステムを提案し、これを「呉海自カレー」と名付けて呉市のグルメにしてもらいました。現在5年を経過しましたが、海上自衛隊と呉市民との持続的な交流の場を作ることができたと思っています。
 所属組織の社会的地位を向上させることで、組織構成員の自負心を高め、自己肯定感の維持・向上につなげる、これは組織力を高める一つの方法だと私は思っています。広報は重要です。

4. フォロワーシップとサーバントリーダーシップ

― ここまでのお話で、リーダーとしてビジョンや目標を示すことで、部下が「自分は何をすべきか」を考えて主体的に行動できるようにすること、部下が正しく批判的な思考を持ってリコメンド(提言)できるよう心理的安全性を確保することが実践されていると理解できました。また、このように部下からの自由な発言やリコメンドを求める組織であるために、リーダーは「部下を支えるための存在」となる必要があるとわかりました。
 日本で「ジョブ型人材マネジメント」が改めて注目され、そのベースとして導入が進んでいる「1on1 Meeting」は、まさにこの部下を支え育てる取組みだと思いますが、対話をもって自ら考え気づかせる活動なので、リーダーの工数は増えるし時間もかかります。マネージャーにとっては「成果を出さないといけないのにやってられない」となりそうで難しいと感じています。一般企業は、定着させるためにどのように取り組んだらよいでしょうか?

航空自衛隊と海上自衛隊の潜水艦・飛行機部隊は、戦後、アメリカ軍の協力によって造られたため、欧米の文化が入っています。上意下達だけではなく、下意上達、特に部下からのリコメンドを重視しています。それは戦争が起きたら指揮官や艦長が最後まで生き残るとは限らないからです。上司に代わっていつでも指揮が取れるよう、日頃から部下を鍛えておく必要があるのです。任務を「自分ごと」として捉え、自分が艦長だったらどうするかを考えさせるのです。そして「あとは私にお任せください」と責任を負う気概、これが正しいフォロワーのありようなのです(※4)。意見具申するフォロワーに対して、リーダーが発する言葉は「了解」か「待て」のみ。部下に報告させることで組織を管理し、正しい意思決定することがリーダーの仕事なのです。
※4) フォロワーシップ:部下の立場の人が目的を共有するチームを機能させるため、上司やチームメンバーに対してリコメンドするなど自分で考えて主体的に働きかけること。

1on1において、「成果を出さないといけないのに、(部下の面倒見といった)些事にまで手が回らない、やってられない」というマネージャーの考え方では本当の意味で質の高い成果は得られないでしょう。上司からの指示をそのまま部下にスルーパスして、自分は何もしない。部下が失敗したら「俺に恥をかかせるな」と叱責する。これでは存在する意味がありません。責任を負わないのは、ただの“保身”でありリーダー失格です。部下に任せ、やらせてみて、失敗したらリーダーは責任を取る。こうした「覚悟」があれば「やってられない」という思いにはならないはずです。
 今やリーダーとは、部下を支えて見守る人です。傾聴・共感し、癒やしや気付きを与え、部下の成長に関与するといった利他的なリーダーシップこそ必要なのです。これが「サーバントリーダーシップ」と呼ばれるものです。「この人について行こう」と部下が思う統率力に加えて、カウンセラー、あるいはファシリテーターとしてふるまうことが求められているのです。そしてリーダーがこれを実践することで、部下が自ら考えて動く組織になっていくのです。


● おわりに

【写真】

2020年早々から広がった新型コロナ感染症は、世の中を大きく変えた。在宅勤務の拡大により、労働者はそれぞれ自分がやるべき業務を明確化するとともに、その意味と責任を改めて意識することとなった。これまで日々の業務の流れの中で意識することのなかったことを、立ち止まって改めて考える機会が多くなり、無駄なものが見えたり、企業内の職位の役割があいまいに感じたり、漫然と対応していたことを反省したりと、新たな気づきも多かったのではないかと思う。
 伊藤先生が語られた「覚悟」「自分ごと」のキーワードは、まさにこうした気づきに嵌まる。リーダーも部下も、自分の業務、やるべきことを「自分ごと」として明確化し、責任・「覚悟」をもってこれに当たる。組織として為すべきことがしっかり腹落ちしていれば、部下が力を発揮するよう育成することこそがリーダーがやるべきこととわかる。決して”やってられない”という思いにはならないはずだ。
 コロナ禍によって強制的に働き方を変えなければならなくなったが、勤務形態だけでなく組織も制度も、仕事のやり方も考え方も、変える機会が来たのだと思う。これまでやってきたことが正しいわけではなく、今が変えなければならない時なのだと捉え、筆者も自身の小さな組織の運営から、企業の人事施策への働きかけまで、できることに真摯に取り組んでいきたいと思う。

最後に、大変お忙しい中、快くインタビューに応じて下さった伊藤先生に、メンバー一同心から感謝の意を表する。

(JNSA 組織で働く人間が引き起こす不正・事故対応 WG 盛井恒男)


【参考資料・出典】
■HRプロ編集部取材×注目人事トレンド 
 正しいフォロワーを育てることが、優秀なリーダーを生む。「フォロワーシップ型リーダーシップ」を実践せよ
 https://www.hrpro.co.jp/series_detail.php?t_no=2034
■艦長より怖い海自の先任伍長って何者? 上官に意見できる例外的立場、その存在意義
 https://trafficnews.jp/post/91010/2
■自衛隊の戦いを大きく変えた、2つの大震災
 https://diamond.jp/articles/-/68335
■呉海自カレー
 https://www.mod.go.jp/msdf/kure/info/curry/index.html
■呉海自カレー Official Site
 https://kure-kaijicurry.com/
■心理的安全性とは Googleが確立した「良いチーム」の土台を作る方法
 https://lightworks-blog.com/psychological-safety


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