インタビュー連載「日本の人事と内部不正」<第14回>

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リコージャパン株式会社

【リコージャパン株式会社の概要】
■設立:1959年5月2日     ■本社所在地:東京都港区芝3-8-2 芝公園ファーストビル
■連結従業員数:18,240名(2019年4月1日現在)
■資本金:25億円
■事業内容:さまざまな業種におけるお客様の経営課題や業務課題の解決を支援する各種ソリューションの提供。
  • 複合機(MFP)やプリンターなどの画像機器や消耗品およびICT関連商品の販売と関連ソリューションの提供
  • サポート&サービス(画像機器やICT関連商品の保守、ネットワーク構築・保守、ICT運用業務代行)
  • システムインテグレーションおよびソフトウェア設計・開発

●リコージャパン株式会社の沿革

今回インタビューに伺ったリコージャパン株式会社(以下、リコージャパン)は、主に複写機、ファクシミリ、プリンターやそれらの複合機、デジタルカメラなどを製造しているメーカー、株式会社リコーの販売会社である。リコーグループは、グローバルにビジネス展開しており「日本」、「米州」、「欧州」、「アジア・パシフィック」の4極体制になっている。リコージャパンは、これら4つのうちの日本極の統括会社として位置付けられている。リコージャパンは、2014年7月に全国の販売事業、およびサービス事業やシステム開発、アシスト業務といった各機能別に特化した専門組織の会社が統合され現在の形となった。

今回インタビューのなかで、「コミュニケーション」というキーワードを頻繁に耳にしたのは、こういった幾度もの合併を行ない多様な風土の組織がひとつになることの難しさを物語るものである。今回は、リコージャパン株式会社 人財本部 人事部 ダイバーシティ/ワークライフマネジメント推進グループリーダー 松木氏、ICT事業本部 インテグレーション統括本部 コンサルティング推進室 情報セキュリティコンサルティンググループリーダー 辻井氏(JNSA 内部不正WGメンバー)のお二方にダイバーシティ&インクルージョンの取組みを中心に聞かせていただいた。

なお、同社の人財本部の「財」の字は、「材」ではなく、「財」の字を使うのだそうだ。「社員こそが企業の財産である」という同社のこだわりが、垣間見える。

【写真】辻井氏(左)松木氏(右)
【写真】辻井氏(左)松木氏(右)

●お客様満足度(CS)向上が先か、従業員満足度(ES)向上が先か
 リコージャパンは、「ビジネスコンセプト」を次のように定めている。
 『Customer's Customer Success 〜 お客様のその先のお客様にまで届く価値を創出する 〜』

このビジネスコンセプトは、リコージャパンが拠り所とするもので、いわば同社の基本スタンスとも言える。お客様のその先のお客様に届く価値を創出する、すなわち企業価値向上に向けた自社の改善・改革を実現するだけではなく、その価値を常にお客様や地域社会に役立つものとして創り上げ、提供し続けていく姿勢で取り組んでいくということである。 お客様満足度(CS)向上と従業員満足度(ES)向上というと、CSが先と受け止められることが多いが、「このCS向上の前にESを高めなければ、お客様の満足度の高い価値の提供はできません。」と松木氏は語る。

同社には、ES向上のための専門組織やプロジェクトは存在しない。「社員がいきいきと誇りを持って働き、お客様から感謝されるお客様価値企業」という会社が目指す姿に沿い、それぞれの部門において実施する施策とES向上を明確に関連づけて展開している。
その中の一つである人財本部の施策は、”人にやさしく、仕事に厳しい”をベースとして次の4つの柱から成り立っている。
・ダイバーシティ&インクルージョン(多様性の包括)
・多様な働き方への変革
・チャレンジと成長によるプロ人財育成
・健康経営
今回はこの4つの施策の中で松木氏が担当する3つの領域(ダイバーシティ&インクルージョン・多様な働き方・健康経営)を中心にES向上の話も交え話を聞いてみた。

〜ダイバーシティ&インクルージョンと多様な働き方への変革〜

「多様な人財が個性や能力を最大限に発揮・融合することにより新たな価値創造につないでいくこと、そして一人ひとりが仕事・生活双方の充実により、やる気や能力向上を図りパフォーマンスを最大限に発揮できる」という考えの元、多様な人財がそれぞれ最適な働き方ができる環境づくりを進め、持続的な成長と自己実現を同時にかなえる企業を目指している。

●ダイバーシティ&インクルージョン

先にも記したようにグループ会社内での合併を繰り返し、2014年7月に現在の形に統合されたのがリコージャパンである。統合前からそれぞれの会社で女性活躍推進の取り組みにも着手し始めていたが、全社の女性社員比率はわずか16%、女性管理職比率に至っては一桁%という中、まずは始めに取り組んだことは、会社の意思決定に多様性を取り入れるべく女性管理職を育成し増やすポジティブアクションだった。そして子育て中の女性社員向けのキャリア意識醸成にも継続的に取り組んでいる。

職域拡大では、全国の営業職女性を集めた“エイジョフォーラム”を開催し、エイジョのキャリア自律を目指したサポート施策にも力をいれている。

ひとつひとつの課題に沿って施策を展開していく中で、女性メンバーのマネジメントに不慣れな上司も多く、妊娠出産による休業や、時間制約のあるメンバーへの対応や管理職を目指す女性社員の育成に課題を感じていることや、コミュニケーションに戸惑いや難しさを感じている上司が多いことがわかってきた。また、女性メンバーに限らず、年上や若手メンバーといった、自分と属性の違うメンバーとのコミュニケーションに悩みや課題を感じている上司も少なくない。価値観・思考の世代間ギャップ解消や、経験、経歴などのキャリアが多様なメンバーを活かすマネジメントする力を強化していくことを重要課題ととらえ、最近ではイクボスの推進に力を入れている。

また仕事と子育てを両立する社員の家族向けに職場参観日として「ファミリーデー」がある。 「全社で必ずやりなさい」という義務・強制ではなく、実施希望のある事業所が主体的に企画し開催する流れができている。ゼロからの企画での時間・労力の効率化を図るために、本社が先行して実施したコンテンツを社内インフラ上で共有し、全国の各事業所にいる担当者が自由に必要なコンテンツを選択・利用して企画・運営している。参加した社員の家族や同僚社員にも大変好評で、一度開催すると毎年開催するようになるようだ。各地の企画担当者間で、子供の喜びそうなコンテンツも情報共有システムを活用してシェアしている。遠隔地コラボ企画もあり、同日に開催する事業所間で、弊社製品の簡易遠隔TV会議を利用した子供達同士の交流イベントをするなど、ファミリーデーを盛り上げている。

【写真】リコー社製 360度カメラ THETAによるエイジョフォーラムの記念撮影
【写真】リコー社製 360度カメラ THETAによるエイジョフォーラムの記念撮影

●多様な働き方への変革

全国各地にある事業所、さまざまな業務で働く社員を抱える同社では、2017年、目的に沿って柔軟に働くことができるさまざまな勤務形態を導入し、時間外勤務の低減や年次有給休暇取得率の向上を進めてきた。

年次有給休暇の取得率は、2014年度は36〜37%だったが、昨年2018年度は56.5%となり、今年2019年度は60%を目標としている。その取組みは、とにかくマイルストーンである目標値をおいて、月次の進捗をしっかり全社に発信し改善を促す、という地道な活動である。

年次有給休暇を取得しにくい企業風土を変えることは容易ではなかった。しかし会社全体で目標値を決め、期初の目標面談で取得計画を立て上司と統合し、実際に休暇を取り「休んでも仕事に支障はなかった」という感覚を組織で経験することにより、徐々に社員の意識が変わってきたという。さらに2016年度から導入した1時間ごとに年次有給休暇を取得できる時間年休制度も、年次有給休暇の取得のしやすさを根付かせる要素となり、ES調査による「ワークライフバランス」についてポイントが大きく向上した。

また、最近では、社員同士のコミュニケーション方法も変わってきているそうだ。これまでは電話やメールによる意思疎通が一般的だったが、2017年度に全社で導入されたMicrosoft Office 365を使い、気軽にグループチャットで効率よく情報を共有し、業務を依頼するなど、コミュニケーションも、より活発になってきているとのこと。こういったITの活用はオフィスのみならず在宅勤務にも広がっており、「いつでも、どこでも、仕事ができる」環境が整っている。

ITを駆使して社内のコミュニケーションを活発にしていくあたり、お客様にITソリューションを提供しているリコージャパンの、面目躍如といったところか。

そして、働き方改革を活発に推進している地域の好事例を取り上げ、社内の他組織やお客様と共有できる働き方改革の社内実践事例ポータルサイトを立ち上げ、好事例の動画配信なども行っていることも興味深い。これは、社内実践事例を社内外に紹介していくことで、社員の意識を高める狙いがあるという。( https://www.ricoh.co.jp/sales/about/our-workstyle/ )

〜健康経営〜

これまでご紹介した施策や制度をうまく活用するためには、各人が最大限のパフォーマンスを発揮できる健康状態であることが根底にあると考え、健康経営の推進を積極的に行っている。リコージャパンでは健康リスクに応じた取り組みを進めており、高リスク者に対しては早期発見・早期治療への更なる強化策を打ち出し、全社員に対しては生活習慣予防に向けての主体的な取り組みを推進する内容になっている。具体的には、定期健康診断の際、法定項目に加えて、がんの早期発見と生活習慣病の予防に狙いを絞った検診実施や、検診結果について20人を超える常勤の産業医・保健師が全社員分を確認し、きめ細やかなフォローを行っている。重篤な疾病の可能性がある場合など、産業医・保健師から精密検査の受診勧奨も実施しているが、なかには応じない従業員もいるため、その場合は人財本部長から上司と本人宛に手紙を送り、早急な対応を図るよう会社からも指示している。また毎月22日は禁煙推進日(スワンスワンデー)とし、禁煙に関する社内への啓蒙情報や禁煙アドバイス、禁煙に成功した人の体験談等を社内のネットワークで見られるようにするなど、内発的動機付けの施策実施や生活習慣病予防に向けての主体的取り組みへの推進として、「健康インセンティブ制度」を運用している。これらの健康経営の取り組みにより、経済産業省の健康経営優良法人2019(ホワイト500)に2年連続認定されている。

●一方向のコミュニケーションから1on1ミーティングへ

すべての施策の“根っこ”はコミュニケーションである。組織の活性化、部下との円滑なコミュニケーションとして、1on1ミーティングを導入している。特に部下とのコミュニケーションは、たとえ遠隔であっても、まずは相手のことを気に掛けているか、孤立させていないかを意識することが重要である。松木氏の体験から言っても、遠隔地の部下に対して、グループ内の周知事項や変化をリアルタイムで情報共有していくことを意識している。意識化することや、上手くいかない時はどうしたらうまくいくか、上司自身が内省することも大切だともいう。物理的な距離に留まらず、様々な意味で上司と部下が離れていると、部下の孤立感が高まり、上司に対する不信感につながりやすい。それを回避するためには、「存在承認」をしっかりすることが大切だ。また制度を実のあるものにするには仕組み化することが大事である。

同社では、1on1ミーティングは1ケ月に1回以上実施することにしている。実際の事例として、上司と部下のコミュニケーションは、より重要案件をもっているメンバーに偏りがちになっていたものが、1on1ミーティングを導入すると、公平に全メンバーと対話をすることで、些細な困り事や悩みを聞く機会が増え、案件の早期解決につながったり、組織内の雰囲気が良好になったなどの現場からの声もある。

●心理的安全性の高い組織、ESとCS

ES向上の肝は組織の中に良好なコミュニケーションがあるかだ。このことは、生産性の高い組織とES調査の相関から以下の点において大事な要素がみえてくる。
 1.風通しがよい
 2.裁量がある
 3.マネジメント層に対する信頼感がある
同じ目標に向かい、良い事も悪い事も議論の場で忖度なく話し合える組織であるか、自立的に仕事ができる組織であるか等、心理的安全性と生産性向上の相関が見えてきた。
またESとCSの相関もとってみると、ESが低い組織はCSも低く、「ESなくしてCSなし」であることが自社データからはっきりと見える。

【写真】インタビューに応える松木氏
【写真】インタビューに応える松木氏

●ぶれないトップ

「トップメッセージがしっかりして、ぶれないことが素晴らしいと感じている」と松木氏は言う。前任の松石社長、現任の坂主社長共に、どういう会社にしたいか何を目指すかという事を具体的に様々なシーンで発信している。

また毎年、社長が全国の支社を順番に訪問し直接社員と交流している。そこで見えた課題や質問に対し、該当セクションが短期間で当事者にフィードバックするしくみもある。現場の課題を直接吸い上げ、スピード感を持って新たな施策につないでいる。

●すべてがモチベーションアップへ

ES向上に向けた施策の一つに「RICOH JAPAN AWARD」という全社表彰制度がある。辻井氏も受賞者として実際に参加した表彰式では「ストーリーの伝承」をテーマに、業績やプロジェクトを通して高い成果を上げた優秀社員1,300人が一堂に会し、高い成果を生み出すに至った受賞者のストーリーが全社に共有される。

トップクラスの受賞者にはそれぞれの目標達成までのストーリーを記した表彰状が作られ、壇上で社長から読み上げられる。表彰状は、受賞者の上司が、これまでの受賞者の苦労などを交え、心を込めて個別に作っているという。当日の模様は社内でライブ配信され、「次は自分もあの場に立ちたい」と、AWARDの受賞が多くの社員の目標となっている。また、受賞者の家族を表彰式に招待し、日頃の感謝を伝える場にもなっている。

【写真】5年連続受賞者の登場シーン
【写真】5年連続受賞者の登場シーン
【写真】受賞者が入場するときの様子
【写真】受賞者が入場するときの様子

受賞者の入場シーンはまるでアカデミー賞受賞会場のようだ。レッドカーペットの両側に、役員・支社長・部長などがずらりと並び拍手で迎えられる。スモークも焚かれる。こういった施策はサイトに多数公開されている。お客様へのソリューション提案する目的で、自社における実践事例を紹介していることを先に紹介したが、頑張った人や部署に対する「顕彰の場」自体も、一つの実践事例として公開して社外に向けて発信している。このことは、社員のモチベーションアップにもつながっていると、表彰当事者である辻井氏熱は熱く語っていた。

●おわりに

リコージャパンの取材を通して感じたことがある。リコージャパンでは、まず、選択肢を増やす。その選択肢を目的に応じて社員が自ら選ぶ。やるもやらないも自由。そんな中で、成果を出せば賞賛される。これは、MIT元教授のダニエル・キム氏の提唱する成功循環モデル(参考:https://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/1209/26/news001.html)ではないか。例えば、CSの高低や業績の「結果の質」ではなく、「関係の質」に着目する。そのためのコミュニケーションであって、とりわけ1on1ミーティングを取り入れた対話を通じ、互いに尊重し合う。これにより良いアイデアを出し合う「思考の質」を高め、新たな挑戦を互いに助け合う「行動の質」へとつながる。それにより成果が出て「結果の質」が生み出されるのではないだろうか。このグッドサイクルをより円滑に回す手助けをしているのが人財本部であろう。研修業界では研修の内容が職場での成果につながることを研修転移というが、この研修転移のために、数多く用意されている研修を受講しっぱなしにさせないフォローがリコージャパンの人財本部にはある。このような取り組みは参考にしたいものである。

【写真】リコー社製 360度カメラ THETAによるヒアリング当日の様子
【写真】リコー社製 360度カメラ THETAによるヒアリング当日の様子

 


 
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