組織で働く人間が引き起こす不正・事故対応WGによる人事部門へのヒアリング
<第16回>

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日立製作所研究開発グループにおける人材戦略と取り組みに関するインタビュー(2025年1月実施)

※本記事に記載の役職等はインタビュー当時のものです。

【日立製作所研究開発グループ国分寺サイトの概要】
■名称:日立製作所 研究開発グループ国分寺サイト
■創業:1942年
■所在地:東京都国分寺市東恋ヶ窪
■敷地の広さ:約20万平方メートル
■従業員数:800名(国分寺サイト在勤数)

●はじめに

今回は、日立製作所研究開発グループの皆様にご協力をいただき、社内で推進している取り組みについてインタビューを実施した。

日立製作所は国内に複数の研究開発拠点を持っている。そのうち最大規模となるのが、今回お伺いした、一般に「日立中央研究所」の名で知られている、東京・国分寺市にある研究開発グループ国分寺サイトである。この国分寺サイトは、都内とは思えないほどの自然と広大な敷地の中にあり、その敷地内には多摩川水系の野川の水源があることでも知られる。また、知る人ぞ知る「返仁橋」などでも話題を集める場所でもある。この国分寺サイトは「10年、20年後を目標とする研究を行うとともに今日の課題にも取組む」という小平浪平創業社長の理念のもとで、1942年に創設され、日立グループのオープンイノベーションの中核として位置づけられている。[1][2]

さて、今回インタビューをさせていただいたのは、株式会社日立製作所研究開発グループイノベーションプロジェクト統括センタ オープンイノベーション推進室 チーフストラテジスト兼Team Sunrise 代表 佐藤雅彦氏、人財統括本部人財業務本部 研開トータルリワードグループ 部長代理 渋木純太郎氏のお二方である。インタビューを通じて数々のイノベーションを創造する研究開発グループの強みが明らかになった。

(写真左より、渋木氏、佐藤氏)

研究開発グループの組織目標と経営層のコミット

2024年度の研究開発グループの組織目標のひとつは、「Think Big, Start Small, Learn FastでグローバルNo.1に挑戦する研究文化」である。人財開発部門の渋木氏によれば、この目標の実現に向けて、研究開発グループがめざす研究文化とは何なのかについての議論を経営幹部で重ねたという。そして「世の中を大きく変える野望を若手もベテランも分け隔てなく語り合う」「小さな構想でも積極的に発信する」「失敗する/やめる/変えることがマイナスではないというマインドを持つ」といった項目が掲げられた。これらの延長線上には、上述の小平浪平創業社長の理念である「10年、20年後を目標とする研究を行うとともに今日の課題にも取組む」を感じることができ、日立グループが理念や歴史を大切にしている様子が伺える。また、この研究文化の実現のために、経営幹部のコミットメントがトップメッセージとして従業員に共有されている(図1)。

図1 めざす研究文化とその実現のための経営幹部コミットメント
(出典:「エンゲージメント・心理的安全性向上施策」資料より)

こうした理念を知っている従業員なんていない、作っても意味をなさないものだ、と思われる方もいるかもしれない。しかし、このような理念は、時代の変化に適応した新たな発見が常に求められる研究機関において、重要なものであると考えられる。

北居・松田[3]によると、理念は「組織の内部を統合する機能」と「外部に対する適用機能」の2つの機能があるとされる。「組織内部を統合する機能」の下位層には、「組織成員の動機付け機能」と「組織成員の統合機能」があり、「組織成員の統合機能」の下位層には、「組織の中で一体感を醸成する機能」「組織の指針(バックボーン)的機能」があるという。一方で、「外部に対する適応機能」の下位層には、「企業の対外活動における正当化機能」と「環境変化に対する適合機能」があり、またその下位層には「適合機能を通した存続効果」と「組織活性化効果」があるという(図2)。

図2 理念の機能・効果
(北居・松田[3]をもとに筆者作成)

研究開発グループでは、理念の発信と浸透を続け、またこれらの理念に沿った施策を打つことで、研究員の動機付けや、研究員同士が分け隔てなく研究に取り組む一体感や組織の活性化がなされてきたのだと考えられる。下記では、具体的な施策である「Team Sunrise」と「リワードシステム」について、紹介する。

Team Sunriseによるオープンイノベーションの取り組み〜失敗から学んだ利他的行動の真の意味

オープンイノベーション推進室のチームストラテジストであり、かつ社内ネットワーク活動Team Sunriseの代表である佐藤氏から、Team Sunrise(表1)の活動を経て得られたご経験について伺った。

表1  Team Sunrise概要 [4]
設立 2006年
登録者数 約2700名
勉強会 130回以上開催
プロデューサー
(窓口)
30拠点約60名
活動内容 日立グループの仲間づくり、アイデアソンハッカソン大会、ミニ文化祭、
 スタートアップとの意見交換、他社との壁打ち交流会等

Team Sunriseは、日立グループ横断で社員が運営する有志活動であり、約19年にも渡って続けられてきた。その取り組みの一つに「日立オープンイノベーションハブ」というアイディアとビジネスのマッチングを試みる活動がある。日立グループには、イノベーションや新事業のアイディアの種を持っている多くの研究者たちがいるが、所属する組織ではそのアイディアが取り上げられず、モチベーションが下がってしまうケースが多くあった。そのような個人が持つアイディアの種に光を当て、まずはゆるいネットワークでその種を育み、機を見てその種を見える化し、予算を持つ部署とマッチングすることによってインキュベーションプロセスへと発展させていく(図3)。Team Sunriseはそういった仲介役的なコミュニティの役割を担い、発展させてきた。日立内部に知られていないことをやっている研究者はたくさんいる。それらの研究は、今の日立の戦略にマッチしないかもしれないが、中長期的には時代が追いついて脚光を浴びるかもしれない。そういったアイディアを発掘し育てていく場を提供することを目標として、Team Sunriseは活動してきたという。

図3 「日立オープンイノベーションハブ」の取り組み
(出典:「2025年1月協創の森意見交換会」資料より)

組織を一度個人に分解した上で、組織として再結合したり、越境人材として新結合したりする。また、通常の組織における上司と部下の関係性にとどまらず、個人同士がつながるON/OFF型のネットワークを構築し、活用していく(図4)。当初10名程度で始まったこの取り組みは、その目的や趣旨への共感を呼び、徐々に大きくなり、今では2700名もの規模になったという。

図4 「再結晶化とON/OFF型ネットワーク活用」
(出典:「2025年1月協創の森意見交換会」資料より)

19年間にわたり続いているこの活動も、その歩みは常に順調というわけではなかった。佐藤氏によると、まだ初期のころ、それぞれが課題を持ち寄って議論をしようとしたのだが、その過程で「若手」 「大企業病」といった言葉が独り歩きし、それが内部の対立構造を生み出し、社内の粗さがしをして終わるようなネガティブな活動に終始するようになったという。他にも、社内SNSでの炎上も発生し、結果としてイノベーションどころか何も新しいことが起きない活動になってしまった。分解しても、壊すだけで、再結晶ができなくなり、「越境人材」を目指したつもりが、周囲から「越権人材」とみなされるようになったのである。「私たちは身を削って利他していたのに」という参加者のフラストレーションもたまり、良い動機と目的をもって始めた活動は、いつのまにかアウトローサイクルへと陥ってしまった(図5)。

図5 Team Sunrise 失敗からの学び
(出典:「2025年1月協創の森意見交換会」資料より)

ただ、ここで終わるのではなく、この失敗から学んで再び発展し続けてきたのがこの活動の注目すべきところだ。その後、副社長をメンターにして、「Yes manサイクル」「アウトローサイクル」からの脱却を目指し、自分の想いやアイディアの発信を促進するため、「1人称のマインドセットを持とう」「積極的に発信する社員になろう」という声掛けのもとでTeam Sunriseは再始動を図った。

再始動に際して注目すべき点として、プロデューサーと呼ばれる各組織の窓口となる人材を置いたことが挙げられる。このプロデューサーの役割は、人財やアイディアの原石を探し、育むというもので、国内30拠点に配置されている(図6)。

図6  Team Sunriseプロデューサーの役割
(出典:「2025年1月協創の森意見交換会」資料より)

プロデューサーは、見返りを期待するのではなく、純粋に誰かを応援したいと考えるプロモーターのような存在であり、純粋に「利他」を考えている人たちであるという。伊藤[5]によれば、利他には合理的利他主義や効果的利他主義といった、見返りや利益を動機とした利他がある一方で、利他の本質は「自分の(他者に対する)行為の結果はコントロールできない」つまり「見返りは期待できない」ことにあるとしている。当初のTeam Sunrise失敗の原因の1つには、上述の通り、「身を削って利他していた」という参加者の不満があげられている。ここからは、「身を削ったにも関わらず、それに対する見返りがなかった」という他者をコントロールしたい思いが透けて見える。まさに合理的利他主義であったといえよう。しかし、再始動後は、このプロデューサーたちの見返りを求めない利他的行動によって、活動の成功と発展へとつながっていった。

Team Sunriseは、このような多くのプロデューサーたちの利他の精神に支えられ、個々人が持つ小さなアイディアの種にフォーカスし、誰もがパフォーマーにもなれる環境を作り出していったのである。

●リワードシステムによる利他行動の強化〜賞賛し、感謝しあう文化の形成

研究開発グループでは、トータルリワードという考え方に基づき、金銭的報酬と非金銭的報酬を合わせて、総合的に従業員の報酬を捉えている(図7)。

図7 トータルリワードの概念・表彰の位置づけ
(出典:「エンゲージメント・心理的安全性向上施策」資料より)

そのリワードシステムのうちの一つに「RDG Monthly Award」(旧名:Spot Award)という表彰制度がある(図8)。これは各部門や職場で手軽に表彰できる制度である。成果の即時認識/タイムリーな行動の促進/チームワークの強化/チャレンジを奨励する文化等を促し、従業員のモチベーション向上や相互に称えあう組織文化の醸成を目指している。このRDG Monthly Award は、「結果として失敗した場合でも次回に向けた改善点など学びを得た活動」という推薦基準が記されている。チャレンジへの失敗の過程も含めて表彰するという点が特徴的である。

図8 RDG Monthly Award概要
(出典:「エンゲージメント・心理的安全性向上施策」資料より)

このように「失敗」に対しても社内で表彰するということは、失敗を恐れず挑戦する、という理念を浸透させるためにも有効な手段であると考えられる。Bandura(1977)の社会的学習を援用した金井[6][7]の研究によると、理念の浸透には組織内でメンバーが他者の行動やその結果を観察することを通じて、その組織や状況に適した行動を学ぶとされている。この過程によって、行動の背後にある価値観や規範を学ぶことができるという。そのため、理念を組織に浸透させるためには、経営層が言動に一貫性を持つことが非常に重要であるとされている。つまり、経営層が「失敗はマイナスでない」といくら言ったところで、チャレンジし、失敗した仲間の評価が下がるようでは、言動に一貫性がない、口だけだと従業員に捉えられ、その理念が浸透することはない。一方で、RDG Monthly Awardによって、「良い失敗事例」を知り、それが賞賛されていることを目の当たりにすることで、他の従業員は失敗を恐れない姿勢を学ぶことができると考えられる。また、経営層とのメッセージと評価の一貫性を感じることもでき、「失敗を恐れない」理念の浸透に一役買っていると考えられる。

●まとめ

今回お伺いした佐藤氏と渋木氏のそれぞれの組織における取組みには、共通点がある。それは失敗に対する捉え方、向き合い方である。Team Sunriseは、失敗から学び、その反省から利他の意味合いをとらえ直し、真に利他的なプロデューサーたちと共に発展していった。人財部門においては、たとえ失敗したとしても、失敗の過程を賞賛し、そこに光を当てる文化作りとしてリワードの仕組みを運用している。

失敗を許容する、失敗から学び次に繋げるというのは、「言うは易し」で、経営幹部がその理念を掲げたところで、営利企業においてはステークホルダーの要求に応えるため短期的な成果が重視され、評価制度もまたそれに追従した形にならざるを得ないケースも多く、その理念が現場にまで浸透するのはなかなか難しい。

一方で、失敗から学ぶことは多くある。その大半は次なる失敗をしなくなるため、と思われるかもしれない。だが、イノベーションなくしては競争上の優位性を保つことが難しくなっている今日の多くの企業において、社員ひとりひとりが失敗しても良いということを実感、体感することこそが、失敗から得られる大きな学びであり、そしてさらなるイノベーションの源泉となっていくのだろう。

企業の人事的な取り組みにおいては、「仏作って魂入れず」といった問題が散見される。研究開発グループでは、経営幹部からの「失敗することがマイナスではない」というメッセージを、Team Sunriseという施策やリワードシステムに落とし込み、運用をしていったことで、失敗を恐れずに挑戦し、イノベーションを生む好循環が育まれていったのだと考えられる。今回の研究開発グループのインタビューにおいては、多くの組織においても共通して活かせる仕組みが多いように感じられた。

最後に、大変お忙しい最中に、快くインタビューに応じて下さった佐藤氏、渋木氏に、WGメンバー一同、心から感謝の意を表する。

【参考資料・出典】
[1] 日立製作所 日本国内の研究開発拠点について:研究開発:日立
https://www.hitachi.co.jp/rd/about/japan/index.html

[2] 日立製作所 協創の森:武蔵野の森に誕生した世界へのイノベーション発信基地:日立評論
https://www.hitachihyoron.com/jp/archive/2010s/2019/03/concept/index.html

[3] 北居明・松田良子 日本企業における理念浸透活動とその効果(加護野忠男ほか 日本企業の戦略インフラの変貌 第4章 白桃書房), 2004年
[4] 日立製作所 イノベーションを育てる社内ネットワーク「Team Sunrise」 【第1回】15年目を迎えた、日立の社内ネットワーク活動 - Executive Foresight Online:日立
https://www.foresight.ext.hitachi.co.jp/_ct/17436133

[5] 伊藤亜紗ほか「利他」とは何か (集英社新書) , 2021年
[6] 金井壽宏 経営理念の浸透とリーダーシップ(小林規威・土屋守章・宮川公男編「現代経営事典」) (日本経済新聞社), 1986年
[7] 金井壽宏 経営理念の浸透と参照モデリング, 1996年

 

(JNSA 組織で働く人間が引き起こす不正・事故対応 WG  三浦康暢) 


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