インタビュー連載「日本の人事と内部不正」<第11回>

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アルプス システム インテグレーション株式会社 - ALSI [アルシー]

【アルプス システム インテグレーション株式会社の概要】
■設立:1990年4月2日    ■所在地:東京都大田区雪谷大塚町    ■従業員数:371名(2018年 6月時点)
■資本金:2億 50万円(非上場)
■事業内容:製造流通ソリューション事業、セキュリティソリューション事業、ファームウェア開発事業、IoTソリューション事業

はじめに

アルプス システム インテグレーション株式会社(ALSI:アルシー。以降ALSIと記す)は、アルプス電気グループのIT戦略会社であり、1990年に設立された。
 ALSIは、大手電子部品メーカー アルプス電気の情報システム部門が独立して誕生した。グループ企業の基幹システムのほか、業務効率化・業務改善、データ統合、製品設計・開発業務支援などを支える多彩なソリューションをワンストップで提供しており、その経験やノウハウを生かし、現在はグループ外のお客様にも、製造業、流通業向けのソリューションを幅広く提供している。また、アルプス電気の開発現場と深くかかわって協業し、長年にわたり重ねてきた経験と実績が、ファームウェアやセキュリティ、IoTの事業として成長している。
 ALSIの従業員を支えているのは、グループ内に浸透する「アルプスイズム」と呼ばれる独自の文化・社風であろう。あるいは、アルプス電気のものづくりのDNAと表現するのが適切かもしれない。お話を伺うなかでじわじわと伝わってくるインタビュイーの方々のエンゲージメントから、従業員にしっかり文化・DNAが継承されていることが理解できた。ALSIの働く環境、人事の取り組みについて、以下に紹介する。

アルプスイズム・アルプス電気のDNA

今回お話を伺ったのは、管理部 部長 永井 尚志氏、同 管理課 課長 宮瀬ゆかり氏、セキュリティ事業部 プロモーション部 部長 長谷部 一泰氏、同 渉外担当主査 菅野 泰彦氏の4氏である。

インタビューに応える宮瀬氏
インタビューに応える宮瀬氏
永井氏と長谷部氏
永井氏と長谷部氏

冒頭、本インタビューの趣旨をお伝えした。機密情報などの漏えいは、組織で働く内部の人間が引き起こす不正によるところが大きいが、これにはシステムによりデータの持ち出しを禁じたり、詳細にログを収集して不正を監視する等の締め付け型の対策(「北風」的対策)ではなく、従業員のエンゲージメントを高め、会社や職場への不満を解消することで不正を起こす気持ちをなくさせる解放型の対策(「太陽」的対策)にこそ効果がある。その観点での人事施策をお聞きしたいと。
これを受けての第一声はこうだ。「特別なことは何もしていないんですよね」
そこで、企業理念、ビジョンなどを問うて出てきた回答が「アルプスイズム」だった。
「アルプスイズム」とは「Work Hard:誠実」、「Study Hard:挑戦」、「Play Hard:連帯」で表現される企業文化である。社会に対して誠実であるとともに、新たな価値の創造に向けて常に学び、挑戦を続け、ステークホルダーの皆様との絆(=連帯)を一層強めることで社会に貢献していくことを指す。
 ALSI本社は、アルプス電気本社ビル内にある。アルプス電気グループ企業の多くが、東京都大田区のアルプス電気本社ビル内に位置している。この環境の中で、毎月第1営業日の朝礼で、アルプス電気の社長の声を、続いて、各会社の社長のアナウンスを聞き、経営層の意思を従業員が受け取るのだというこうした月次の当たり前のイベントの中で、従業員には意識することなく「アルプスイズム」が浸透しているのだ。
また、アルプス一筋30年余りを勤続する菅野氏がアルプスの精神を話してくださった。アルプス電気は電子部品メーカーである。主役はこれら部品を使って機能を提供するお客様の製品であり、アルプスは黒子としてこれを支える。けっして目立つことなく、しかしなくてはならない存在として主役を十二分に輝かせる黒子に徹するのがアルプスのプライドなのだ。この精神、DNAがグループの従業員全体にいきわたっており、それが企業のベースになっていた。

アルプスの精神を語る菅野氏(アルプス電気本社ショウルームにて)
アルプスの精神を語る菅野氏(アルプス電気本社ショウルームにて)

風通しのよい会社・グループの一体感

グループ全体で取り組んでいるイベントは他にも多数ある。例えば、夏祭り、クリスマスパーティー、入社式。夏祭りは本社ビルで、クリスマスパーティ−はホテルのホールを貸し切って開催される。企業間の壁はなく、グループの従業員が一堂に集まる。家族も一緒だ。パートナー企業のメンバや次年度に入社する内定者を呼んだこともある。良い商品をつくりお客様に提供するために協力し合う人たちは皆仲間なのだ。全国に散らばる各拠点は、それぞれの地域で同様のイベントを実施している。
 入社式もグループ会社の共通行事だ。これには全国各地の新入社員がすべてアルプス電気本社ビルに集結する。将来を期待された若者たちは企業の分け隔てなくアルプスイズム、アルプスの精神が伝承され、大切に育てられるのだ。

グローバル人事マネジメントとキャリアパス

アルプス電気グループは、日本を核にアメリカ、ヨーロッパ、アセアン、韓国、中国に開発・生産・販売拠点を展開している。ALSIも現地法人「阿尓卑斯系統集成 有限公司(以降、ALSI大連と記す)」を中国大連に持つ。

アルプスグローバルネットワーク
アルプスグローバルネットワーク

ALSI大連は、立ち上げ時こそ日本人のみの陣容で始まったが、その後積極的に現地の人材を採用し、地域社会との信頼関係構築に努めてきた。しかし、中国では経済情勢や技術の発展を受けてせっかく育った技術者が退職するケースも少なくない。ALSIでは、多数の退職者が出た時期に、こうした優秀な人財がどのようなキャリアを求めてやめていくのかを追跡したそうだ。その結果、多くの技術者が日本に渡り、日本の企業に転職していることがわかった。
 これを受けてALSI大連からALSI(日本)にグループ内転職できる制度を設けた。すなわち、技術力や経験、日本語能力など、定められた基準をクリアできれば、ALSI大連をやめずとも日本に渡って日本で働けるキャリアパスを新たに作ったのだ。他にも、ALSI大連からALSIへ2〜3年の期限付きで技術者を派遣できる制度があり多くの従業員に利用されている。また、今年度より入社1年を経過した若手社員が1週間来日し日本への理解を深めると共に、日本の同期社員との交流を図る育成プログラムも用意された。
 当然ながら、グローバルシステムを担うALSIでは、アメリカやメキシコ、ヨーロッパ、アセアン諸国、韓国、中国の拠点のシステム開発に携わり、言語、各地域の文化、ビジネス慣習などを学ぶ機会も多い。言語教育をフォローする制度もある。
 上記は、キャリアパスの一例であるが、このように将来を担う人財に対して、育成とキャリアアップの要望に応えるキャリアパスを柔軟に形成し、優秀な人財の流出の防止、従業員エンゲージメントの向上が図られている。

福利厚生の充実

ALSIでは、入社してから定年まで働くことを想定して、ライフステージに寄り添って、年齢や家族構成を考慮し厚くフォローすべき時期はどこかを考えた福利厚生の仕組みを作っている。
 例えば、多くの社員は賃貸住宅に住み、貯蓄をして、持ち家するというパターンとなるため、支給条件に合致すれば、東京エリアの場合、独身期間10年間は月4万円、結婚後10年間は月10万円の住宅手当を、持ち家後は20年間月6万円の手当の支給がある。住宅財形に奨励金も支給し貯蓄までフォローしている。家族のいる社員には家族手当もある。
 また、拠点を含めたすべての建屋には社員食堂が設置されており、多くの時間を過ごす環境において、出費を抑え、栄養バランスのとれた食事をし、十分な休憩がとれる仕組みを提供している。

栄養バランスのとれた食堂メニューと魅力的な価格
栄養バランスのとれた食堂メニューと魅力的な価格

健康経営の観点では、EAP(Employee Assistance Program)を導入し、従業員のメンタルケアを実施している。このサービスは従業員だけでなく、配偶者や家族(2親等まで)も受けることができるそうだ。産業医やカウンセラーによる面談は、従業員が望めばいつでも受けることができる。
 さらに、例えば介護の問題や子供の進学の際の奨学金制度など、プライベートな問題も受け付ける相談窓口も開設しているという。プライベートとは言え、こうした問題は仕事に大きな影響を及ぼす可能性があり、たとえ悩みを聞くだけに終わったとしても、従業員に寄り添い心配ごとを共有して、少しでも心の平穏を保つ一助になるよう取り組んでいる。

コンプライアンスへの取り組み

最も身近で、すべての従業員に関わる労働時間の管理については、従来から人事部門と現場のマネージャの連携により、適正に運用してきたという自負があるという。ALSIにはタイムカードがない。システムによる従業員の自己申告は、過少申告(いわゆるサービス残業)は絶対にしてはいけないという人事からの指導の下、自部署に留まらない隣接する部署のマネージャとの間の連携によって、複数のマネージャの目で照合が行われ、管理・統制されてきた。また裁量労働者が、プロジェクトの状況により長時間残業を余儀なくされるような場合は、後追いで裁量労働制を取り消して、適正な残業手当が支払われるよう運用されている。
 このような企業文化により、特別な施策は追加していないが、マネージャの感覚での管理に留まらないよう、従業員の労働時間をタイムリーにデータ化し、全社内に可視化することにより、マネージャが正確に実態を把握したうえで長時間残業の抑止や、休暇の取得を指導できるようにした。
 また、ハラスメント防止への対応として、今年度は社長も含めた全従業員を対象としたハラスメント研修を実施した。これまで、各マネージャの経験をベースとしたマネジメントに任せてきたが、昨今の基準に照らし合わせるとややグレーとも取れる対応も散見される状態だったという。研修により、何が問題で、その境界線はどこかが明確になり、マネージャの意識が変わったようだ。この研修は今後も継続し、ハラスメント防止への意識を当たり前で自然なものにしていく。

おわりに

お話を伺って、従業員との関わりが、性善説に根差したものであることが強く印象に残った。まさにアルプスの精神「黒子に徹する」が、従業員に対してもしっかり貫かれていると感じた。経営・人事も、各職場のマネージャも、従業員が最大限に力を発揮できるよう、十二分に輝くことができるよう、黒子に徹しきっている。JNSAが提唱する、組織で働く内部の人間が引き起こす不正を防止するための「太陽」的対策とは、このような環境を指すのではないだろうか。
 冒頭に人事施策を問うて出てきた「特別なことは何もしていないんですよね」は、人事施策が十分浸透し、効果が出ている企業だからこその発言だった。何よりも従業員を信用し、長期に渡ってライフステージに寄り添って最大限にサポートすることで、従業員がこれに応えてくれる。このように育った先輩が後輩を育て、好循環が築かれていく。目新しい人事施策を次々と打つのではなく、従業員を下支えする施策によって好循環が維持される。「特別なことは何もしていない」という言葉が出てくる企業こそが、見習うべき企業なのだということに気づかされたインタビューだった。

管理部の宮瀬氏と永井氏(アルプス電気本社エントランスにて)
管理部の宮瀬氏と永井氏(アルプス電気本社エントランスにて)

<参考文献>

 


 
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