インタビュー連載「日本の人事と内部不正」<第9回>

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株式会社VSN

【株式会社VSNの概要】
■設立:2004年2月    ■所在地:東京都港区    ■従業員数:3,365名(2017年4月1日時点)
■資本金:10億6,300万円    ■売上高:220億3,300万円(2016年12月期)
■事業内容:IT・情報システム、メカトロニクス・エレクトロニクス、バイオ・ケミストリー分野におけるエンジニア派遣事業、開発請負、および有料職業紹介事業

「対話」で離職率の半減に成功したVSN

株式会社VSNは国内に8拠点、3,000名を超える正社員エンジニアを擁する技術系人材サービス会社である。単なるエンジニア派遣にとどまらず、派遣先における課題解決のためのソリューション提案から実行までを一気通貫で行う「バリューチェーン・イノベーター」というビジョンとその実績が高い評価を得ている同社だが、2010年頃には19%という離職率の高さに悩まされていた。

スタッフが自社ではなくそれぞれの派遣先に常駐する「人材派遣」という業態は会社としての一体感を得にくい部分があり、それが離職率の高さに繋がることもある。さらに言えば、自社への帰属意識・愛社精神の低さは、本連載のテーマである「内部不正」に繋がる要因にもなりかねない。

しかしながら、VSNは「対話」をキーワードとした数々の対策により離職率を大幅に下げることに成功しており、今年度の離職率は7.8%まで下がる見込みだという。今回のインタビューでは、執行役員 People Value本部 本部長の塩田氏に、数々の対策についてお聞きした。

執行役員 People Value本部 本部長 塩田氏
執行役員 People Value本部 本部長 塩田氏

リーマンショックでも派遣切りされなかったエンジニアの共通点とは?

2008年のリーマンショックに端を発した世界的不況の影響で、日本国内でもいわゆる「派遣切り」と呼ばれる派遣労働者の大規模な解雇や雇い止めが発生し、VSNもその影響を受け、多くの派遣エンジニアが契約を打ち切られた。しかし、その一方で契約を継続されたエンジニアも存在しており、その共通点は「単なるエンジニアとしての役務提供だけにとどまらず、派遣先にある課題点の解決提案まで踏み込んでいたこと」だった。

これを踏まえ、VSNは技術提供だけにとどまらず、お客様も気付いていない事業課題を主体的に発見し、共に解決することでお客様の企業価値に深く貢献することを目指した「バリューチェーン・イノベーター」というビジョンを掲げ、派遣エンジニアとして理想の働き方を目指すこととなった。

社内には「バリューチェーン・イノベーター」に込めた社員たちの想いが掲示されている
社内には「バリューチェーン・イノベーター」に込めた社員たちの想いが掲示されている

取り組み@ 派遣エンジニアの満足度向上に直結する「対話」

しかしながら、自社から離れて派遣先に常駐しているエンジニアにビジョンを伝播させることは容易では無かった。優秀なエンジニアの中には、VSNへの帰属意識の低さを理由に、派遣先にそのまま転職してしまうケースも少なく無かった。そこでVSNは、派遣チームのリーダーと部下の「対話」を軸とした、VSNという組織の強化に取り組んだ。

まず、派遣先の業務を優先するために派遣エンジニアには適用していなかった、「VSNとしての目標管理制度」を派遣エンジニアにも適用した。派遣チームのリーダーは同じ職場に派遣されている部下をマネジメントする必要から自ずと対話の機会が増えることになるが、これが部下のやりがいの向上に直結した。身近な上司や先輩がきちんと自身のことを見てくれているということはモチベーション向上の基本だが、まさにそれを具体化する仕組みとなった。

VSNは、この仕組みが上手く回り続けるための取り組みにも着手している。まず、エンジニアを1人しか派遣できていない現場ではリーダーによる日々のサポートや目標管理が難しいため、原則として5人以上のチームで派遣することを推進している。また、現在では、部下の目標管理によってリーダーの業務が過剰とならないために、業務量適正化のための「業務の棚卸プロジェクト」を推進している。

リーダーと部下の「対話」の様子
リーダーと部下の「対話」の様子

取り組みA 経営陣とエンジニアの距離を縮める「対話」

このようにして、派遣チームのリーダーと部下の「対話」による派遣エンジニアの満足度向上に成功したVSNだが、この取り組みの成否はリーダーが会社のビジョンをいかに正しく理解しているかどうかにかかってくる。そのため、VSNでは「経営セッション」という、経営陣とエンジニアが少人数でざっくばらんに議論する場を設けており、ビジョンのすり合わせをするだけではなく、それ以外のことも何でも話せる場となっている。

また、経営陣とエンジニアとの「対話」の場はこれに留まらず、年に一度の事業本部ごとの社員総会や、不定期、かつ頻繁に開催される交流会やイベントなどを通じて、エンジニア同士はもちろん、経営陣とエンジニアが常に交流できる場が作り出されている。

取り組みB 「対話」を「日常」にする仕組み作り

ここまで書いてきたように、VSNは派遣事業者という制限があるにも関わらず、高いレベルでエンジニアとの「対話」に取り組んでいる。しかしながら物理的なコミュニケーションの限界はある。

そこでVSNは、離れたエンジニアとも日常的に対話するための仕組み作りに着手した。顧客管理・営業支援ツールとして有名な「セールスフォース」の社内SNS機能である「Chatter(チャター)」の導入である。Chatterの導入により、別々の派遣先に常駐しているエンジニア同士が、何気ない会話や技術に関する相談についてコミュニケーションすることや、社内の情報をリアルタイムに知ることが、まさに「日常」となった。

VSNでは派遣エンジニアも含めた全社員にiPhoneを貸与しており、それもChatterの利用率向上に繋がった。iPhoneからいつでも、どこからでもアクセスできるChatterは、まさに「日常的な対話の場」として機能するようになり、現在ではログイン率: 90%、書き込み率: 50%に至っている。

エンジニアとしての「技術」も「モラル」も学べる環境

ここまで、「対話」を軸としたVSNの取り組みを紹介してきたが、エンジニアにとっては、「自分がエンジニアとして成長できる環境かどうか」ということも、会社への帰属意識に関わる重要な要素である。VSNは、その点についても高いレベルで成長できる環境を用意している。

VSNの天王洲トレーニングセンターでは、ネットワークやサーバーといったIT系から、CAD等のメカトロニクスまで、様々なジャンルの130種類ものカリキュラムが用意されている。新入社員研修としての活用はもちろん、派遣先の業務で足りないスキルがあると感じれば、いつでも自由に自主学習することもできるし、遠隔地や自宅からeラーニングでも学習できるなど、エンジニアの成長をサポートする環境が用意されている。

天王洲トレーニングセンター
天王洲トレーニングセンター

さらに、VSNでは「技術」だけではなく、「モラル」の教育にも力を入れている。派遣エンジニアが派遣先で不正を働くようなことがあれば、その派遣先との契約が打ち切りになるだけでなく、会社全体の信用は失墜し、経営的にも甚大な被害が出てしまうからだ。

そのモラル教育も、よくある座学の研修の実施に留まらず、「対話」を軸とするVSNならではの手法が活かされている。例えば、週に一度行われている本社の朝礼で報告されたトラブルやモラル不足に関する内容は派遣エンジニアも含めた全ての社員に共有され、社員からはそれらに関する質問や相談が頻繁に寄せられており、ここでも「対話」が生まれている。

ちなみに、モラル教育の結果だと思われるエピソードがある。ある日、VSNの社員から本社に、「自転車をオフィスビルの駐輪禁止エリアに停めた人が居たが、もしかしたらVSNの社員かもしれない。」という報告があった。人によっては「それぐらい別にいいのではないか」と思う程度のことかもしれないが、このレベルのことであっても「モラル不足」と認識されて報告があがってくるということは、VSN社員のモラル意識が向上しているという証ではないだろうか。

「対話」という「内部不正対策」を体現しつつあるVSN

VSNは2020年までに、Great Place to Work(R) Institute Japan社が実施する「働きがいのある会社」ランキングでのベストカンパニー入りを目指している。そのために、よりよい職場環境の実現や従業員満足度向上を目指した様々な取り組みを行っているが、その軸となっているのが「対話」だ。

リアルとバーチャルを組み合せた様々な「対話」を通じて、「バリューチェーン・イノベーター」というビジョンを、異なる場所で働く3,000人以上の社員に浸透させることにVSNは成功している。その結果、会社への帰属意識の向上による離職率の半減に加えて、モラル意識の向上にも繋がっている。

本連載のテーマである「内部不正」への対策として、様々な企業で「技術的な対策」や「リテラシー研修」などが行われているが、「対話」で組織を強くするという地道な活動を積み上げてきたVSNに、多くの企業は見習うことがあるのではないか。皆さんの組織は、「駐輪禁止エリアの自転車に気付ける組織」になっているだろうか。

「バリューチェーン・イノベーター」への社員の想いはポスターとしても飾られている
「バリューチェーン・イノベーター」への社員の想いはポスターとしても飾られている

 


 
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