インタビュー連載「日本の人事と内部不正」<第9回>

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一般社団法人 全国警備業協会

【全国警備業協会の概要】
■設立:1980年10月設立  ■所在地:東京都新宿区  
■代表者:青山幸恭(綜合警備保障椛纒\取締役社長)
■主な事業:  
 1. 警備業の健全育成のための各種施策の推進 警備業法等法令の遵守 (コンプライアンスの確立)
 2. 警察庁等の関係省庁、団体等への要望活動並びに連絡調整
 3. 労働災害防止及び労災保険収支改善活動
 4. 防災・災害支援
 5. 表彰事業
 6. 国際交流
 7. 調査研究
 8. 広報活動
 9. 教材等の研究開発・販売
 10. 2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会への対応

本連載は、JNSA会員企業を中心に、世の中に様々な形で情報セキュリティを提供している企業が、自らの組織で働く従業員が「不正を起こす心」を起こさないように、人事的、組織的観点からどのように従業員満足度をあげる工夫をしているかを紹介し、その情報を皆の共有財産とすることを目論んで企画したものである。例えて言えば、医者(セキュリティ担当者や事業者)が自らの健康管理にどう気をつけているかの情報を公開し、一般の人々の健康管理に役立ててもらおうということだ。今回は、いつもの「情報セキュリティ」企業ではなく、「実世界のセキュリティ」を世の中に提供している「警備業」に関する内容である。

日本における警備業は、1962年に我が国で初めて生まれた。その後、市場の警備ニーズの増加もあり現在では全国で警備という職に就く人数は約54万人に達し、その売上高は3兆円を超える大きな産業に成長している。このことは日本が安全・安心な社会であることに大きな貢献をしていることを示していると言っていいだろう。そして、これだけの巨大な業界だから、当然業界団体が存在する。それが今回インタビューさせていただいた全国警備業協会(以下「全警協」)である。

この全警協が対象とする警備という業務は、システム管理者などが業務遂行上持っている『特権ID』のようなものが必要となる。警備業とはこの実世界における『特権ID』」の下に行われている仕事であり、内部不正とも密接に関係しているのだ。このことから、今回は、これまでの「日本の人事と内部不正」の番外編として、全警協・研修センター統括課長の山本正彦氏にお話しをお伺いした。この業界が直面している大きな課題とその対策について以下に記していく。

●警備業界が抱える深刻な警備員不足と危機意識

現在、東京オリンピックを見据えた情報セキュリティ業界と同様に警備業界(むしろ、本家本元のセキュリティ業界とも言える)は活況だ。しかしながら、この警備業界は非常事態のような警備員不足に陥っているという。この状況をこの全警協に設置された「基本問題諮問委員会の調査部会」で平成28年5月から約1年間の現状調査を実施し、その結果を『警備員不足対策及び社会的地位の向上方策に関する取り組み課題』としてまとめ、平成28年6月2日に冊子として、全警協の加盟警備業者に配布した。この内容は一般には公開されていないとのことなので、まずはその冊子に記載されている現状を紹介する。

●我が国の警備業の現状

警備業は、前述の通り国民の生活を安全に保つ産業として世の中に定着し、このことが我が国の治安維持に大きく貢献している。この警備業界はどのくらいの規模かというと、平成27年12月末現在のデータによれば、警備業者数:9,342業者、警備員数:53万8,347人とのことである。

平成27年における警備業の概況(警察庁)
〔出典〕平成27年における警備業の概況(警察庁)

このグラフの変遷を見ると、日本経済においては失われた20年と言われた期間においても警備員数は15%ほども増えている。さらに、ここ10年ほどはほぼ横ばいの状況ではあるものの、十分に高止まりの状況と言っていいだろう。しかし、実態はそのような一見した印象とは大きく異なると言う。まずは、次に示す警備員の有効求人倍率のグラフを見ていただきたい。

有効求人倍率〔出典〕平成28年12月における一般職業紹介状況(厚生労働省)
〔出典〕平成28年12月における一般職業紹介状況(厚生労働省)     

平成28年現在の有効求人倍率は7.22倍であり、全職業の1.36倍と比較しても非常に高い状況にある。さらに昨年から今年にかけて1.38ポイントも上昇しており、この警備員という職種が圧倒的な売り手市場ということが見て取れる。また、この7.22倍というのは全国の平均値であり、東京都での瞬間風速的な数値だと99.6倍という求人倍率とは思えないほどの大きなものもあったという。

この求人倍率を聞いた後だと、先述の10年間ずっと横ばいの警備員数というデータに疑問が湧く。それは「なぜ、これほどの売り手市場において警備に従事する人数が増えないのか?」という当然の疑問だ。つまり、いくら警備員の求人をしても集まらないか、採用数と同程度の離職が続いているのだろう。これがこの業界における難しい部分であり、全警協もこの状況に危機感を感じて調査を実施したのだと思われる。

●労働者が集まらない警備業

このように、全体の有効求人倍率の5倍以上に達する求人があるのにも関わらず、労働者は一向に集まらない。理由の第一は、その待遇だ。全職種の所定内給与額の平均は30万4,000円に対して、警備員のそれは19万9,200円に過ぎない。つまり、警備員の収入は世の中の平均の2/3以下である。

所定内給与額

この金額の差は、そもそもの給与の絶対額が少ないことによるが、勤続年数を重ねても警備員の給与が増えないという面も大きい。学校を卒業し、20歳代前半などで警備業に就いた際の収入の差は同年代と比べてさほど無くても、それが5年〜10年、それ以上の年月が経過してもほとんど上昇しない。それでは、結婚や育児、子女の教育などの人生設計ができない。この状況では、その人が警備業に誇りやプライドを持って一生の仕事として従事したくてもできないと言ってもいいだろう。このような一般よりもはるかに低い待遇では、いくら積極的に求人を行っても警備員数は増えず、有効求人倍率だけが上昇していく状況を生んでしまったのだ。

また、この数値は単純な給与の絶対額のみを述べているだけだが、もちろん、求職者の選択肢はそれだけでは決まらない。たとえば、厚生労働省発表の「労働災害統計」を見ると、労働災害(交通誘導時の事故など)の発生数は、全産業平均ではこの20年で20%近く減少している一方で、警備員の労働災害はむしろ増加している。同じく厚生労働省発表の「平成28年賃金構造基本統計調査」によると、月平均の労働時間も全産業平均の月の労働時間が177時間なのに対して、196時間となっており、賃金が安いにも関わらず労働時間が長いのだ。

このように、警備員は危険なのに低賃金、低賃金なのに長時間労働と劣悪な労働環境といわれても仕方が無いデータが揃ってしまった。さらに、警備事業者数には従業員100名に満たない中小零細企業が圧倒的に多い。それらの企業の中には社会保険にも加入していない事業者も少なくないという。結果として警備員の勤続年数が、全産業よりも4年以上短い状況を生んでいる。つまり、非常に忙しいのにも関わらず離職者が多い。そして、その補充もままならない状況というのが警備業界の実情なのだろう。

しかし、2020年のオリンピックは待ってくれない。開催のための会場建設などの準備はすでに多くがはじまっており、警備員不足のためそのスケジュールに遅れも出はじめているようだ。コンプライアンスを重視する現代の世の中では、安全を犠牲にして危険な作業を継続することは許されない。オリンピックまでは3年もあり、まだまだ余裕があると思いがちだが、その準備をしている建設現場などはすでにピークに近い状況になっているという。もちろん、警備員は資格も必要なこともあり誰でもすぐにできものではなく、一朝一夕に増やすことはできない。そのため、警備員不足は現時点でも深刻な問題になっているのだ。

●警備員不足への対策

これまで述べてきた警備員不足に対して、この業界を代表する全警協としても、もちろん指をくわえて見ている訳ではない。以下に示したような多方面での対策を考えている。

  1. 人材登用のターゲットを増やす
    我が国は労働人口が大幅に減少する時代に突入しており、全国各地で人の取り合いのような状況が発生しつつある。そのため、労働力の絶対数を確保するために、これまで以上に広い分野をターゲットとする必要がある。それは「女性」「高齢者」「退職自衛官」「新卒者」「学生アルバイト」と考えられるすべてをターゲットとすることを検討している。
  2. 採用の活性化
    警備業の魅力をプロモーションし、各自治体やハローワークを巻き込んだ各施策を複合的に実施することを検討している。
  3. 労働者の定着化を促す
    給与及び福利厚生の充実はもちろん、職場環境の改善や人間関係のケア、モチベーションの向上策、キャリアステップの見える化など、考えられるありとあらゆる面での定着化のための対策が検討されている。
  4. 機械化・自動化
    安全のレベルを確保しながら必要な警備員の数を減らすために、可能な箇所を積極的に機械化・自動化することも検討されている。

これらは一見すると、ひとつひとつはそれほど斬新でも画期的でもない。それは、業界全体の底上げを見据えた施策だから当然だろう。たとえば一企業であれば、インパクトを重視してその企業のイメージ向上なども見込めるが、業界全体となるとそうはいかない。確実に効果が出る施策を複合的に実施し続けることこそが、継続的に業界を発展させることに繋がるのだ。

そして、そのような広範囲で長期的なこの警備業界全体のイメージアップ戦略なども重要になってくるが、それに関しても警備業界の社会的地位の向上策も併せて実施するという。先述の具体策の徹底に加えて警備業のやりがいや治安維持への貢献などを世の中に訴えることによって、警備業界の社会的地位の向上を目指している。この両輪が上手く回ることによって、警備業界の警備員不足の解消と共に将来の発展が目指せるのだろう。

さらに、全警協は警備業界に所属する各社の経営基盤の強化も検討しているという。この経営基盤の強化とは、短期・中期・長期で全警協や各都道府県協会の取り組むべき課題も示されている非常に戦略的なものだ。これは警備員の待遇にも直結することでもあり、先ほどの両輪と共に警備業界の今後を左右する重大な施策となることだろう。「人はパンのみに生きるにあらず」、されど「パン」は生きるために欠かせない。

「職場環境改善を促すポスター」
「職場環境改善を促すポスター」

全警協に加盟していることを表すピンバッジとネクタイピン
全警協に加盟していることを表すピンバッジとネクタイピン

●情報セキュリティ業界も参考にできる警備業界の取組み

本来、この記事で扱うのは、組織で働く人間が引き起こす不正・事故対応ワーキンググループによる「日本の人事と内部不正」をテーマに、世に情報セキュリティを提供している各企業の人事担当者の方にお聞きする企画だ。しかし、その中で異色となる今回の全警協へのインタビューをなぜ実施したかというと、冒頭でも述べたように、警備という業務が「実世界における『特権ID』」の下に行われ、内部不正と密接に関係しているからである。

今回のヒアリングで伺った、実世界のセキュリティを担当している警備業界が直面している人事面の構造的な課題は、情報セキュリティを担当する業界においても決して無関係とは言えないだろう。警備業の直面している課題が、その姿や形を変え、すぐそこにある未来の情報セキュリティ業界に迫ってくる可能性を無視することはできないということだ。

繰り返しとなるが、実世界、情報面などの分野を問わずセキュリティを担当する人間は、様々な意味で「特権ID」を与えられている。その人間が不満を持ち「悪いコト」をする気になったら・・・。セキュリティを担当する人間の待遇改善や従業員満足度向上が「世の中のセキュリティ」のレベルを大きく左右するのは間違いない。警備業が今回お聞きした様々な課題に直面していること自体、世の人々がこの重要な点を忘れていることを意味している。

今回お聞きした全警協が取り組んでいる課題は、情報セキュリティの業界団体であるJNSAとしても、今後考えていく必要があるだろう。その意味で、全警協の取り組みを、組織で働く人間が引き起こす不正・事故対応ワーキンググループとしても、引き続き注視していきたい。

全国警備業協会のウェブサイト: http://www.ajssa.or.jp/

 


 
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