インタビュー連載「日本の人事と内部不正」<第6回>

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大日本印刷株式会社

【大日本印刷株式会社の会社概要】
■設立 :1876年10月 東京府下京橋区に秀英舎として創業
■所在地 :東京都新宿区      ■従業員数 :39,198名(連結全従業員数)
■資本金 :1,144億6,400万円(東証一部上場)   ■売上高 :1兆4,559億1,600万円(連結売上)
■事業内容:国内外の約3万社の顧客企業や生活者に対し、幅広い分野で多様な製品やサービスを提供する世界最大規模の総合印刷会社

大日本印刷グループ(以下「DNP」)は、新しい価値を社会に提供するとともに、そこで働く社員が安全で快適に、仕事に大きなやりがいを持って、力を発揮できる環境づくりに取り組んでいる。今回、第5回目のインタビューは、2016年12月にDNPを訪問し、労務部 シニア・エキスパート稲原氏、CSR・環境安全部 シニア・エキスパート五十嵐氏、コーポレートコミュニケーション本部 近藤氏にお話をお伺いした。「人が活きいきとやりがいを持って働ける環境」にするために、DNPが実施しているさまざまな工夫を紹介する。

インタビューのようす
インタビューのようす

●DNPの事業内容について

印刷業といった場合、最初に思い浮かべるのは、雑誌・書籍、新聞の折り込みチラシなどだが、事業内容は「幅広い分野で多様な製品やサービスを提供する世界最大規模の総合印刷会社」とのことだ。この他に「多様な製品」や、そもそも印刷業の「サービス」とは何か?を伺った。

話を聞くと私たちの身の回りをとり囲んでいる印刷物は雑誌・書籍、チラシに限られないようだ。例えば食品のパッケージ(紙容器)もラーメンの袋も壁紙も、自動車の内装材も、その上、液晶ディスプレイまでもが印刷技術の応用で製造しているというから驚きだ。

一方、創業以来、140年の積み重ねで培ってきた情報セキュリティの技術・ノウハウそのものもサービスとして提供しているそうで、そういえば、印刷業は顧客企業から原稿(情報)を預かって製造過程で情報を漏えいすることなく製品を供給する産業だ。
具体的には、
 ・顧客企業から情報を取り扱う業務プロセスを受託
 ・想定外のサイバー攻撃へ臨機応変に対処できる人材を育成する訓練プログラム
 ・マイナンバー対応支援サービス
などもあるとのことだ。

ダイバーシティ推進活動

DNPにおけるダイバーシティ推進の目的は、社員一人ひとりが、それぞれの「違い」を尊重し、互いに受け入れることによって能力を最大限発揮でき、働きがいを実感できる職場の実現である。DNPが現在最優先課題として取り組んでいるのは、女性活躍推進とのこと。

1990年代に女性社員の採用や職域の拡大、2000年代初めからは定着を目的として、女性活躍推進のための研修や制度を充実してきた。一例としては、「仕事と育児の両立支援セミナー」や「女性社員活躍推進ミーティング」などが挙げられる。

【女性社員活躍推進ミーティング】

「女性社員活躍推進ミーティング」は、2部構成で実施している。最初に実施される「キックオフ・ミーティング」には女性社員と上司がペアで参加し、会社のダイバーシティ方針や取組状況を共有するほか、外部講師による講演会を実施している。

別日程で開催される「ネットワーク・ミーティング」には女性社員のみが参加し、先輩社員がこれまで歩んできたキャリアを知るとともに、自身のキャリアに関する悩みや不安を同世代の女性社員と共有する。それぞれが悩みの本質を探っていくことで、今後のキャリア形成に向けたチャレンジ意欲を醸成していく。

【メンター育成プログラム】

2009年からは女性社員の活躍をさらに促進する環境づくりを進め、「メンター育成プログラム」をスタートした。職場で悩みを抱える若手女性社員は少なくない。このプログラムは、そういった社員の相談役の女性「メンター」と、「メンター」の相談役兼部門の「アドバイザー」の二人を同時に育成することを目的としている。「アドバイザー」はダイバーシティ推進を担う本部長クラスである。

「メンター育成プログラム」の様子

【仕事と育児の両立支援セミナー】

「仕事と育児の両立支援セミナー」は、社内外の配偶者と参加することを基本としていて、お互いの働き方や育児との両立方法などについて一緒に考える場を提供している。

【時間的制約のある従業員への支援】

今回、詳しく紹介できないのが残念だが、時間的制約のある従業員のキャリア構築を支援する研修や評価制度の充実にも取り組んでいる。

【次のステップとして】

これまでの活動を通じて一定の成果が出ているが、次のステップとして以下の5つを挙げ、2016年度から3年間の行動計画に盛り込んでいる。
(1)キャリア形成を意識した新しい教育体系の整備
(2)事業部門ごとの環境に沿った女性社員の育成・登用施策の立案・実行
(3)中長期的なキャリア形成支援を目的とした面談の充実と実施マニュアル等の整備
(4)ライフイベントと仕事の両立とキャリアアップとを連携させた制度の見直し
(5)より効率的・効果的な働き方の実現に向けた職場単位の活動や、年次有給休暇取得向上のための取組

上記(1)(2)については、「メンター育成プログラム」の名称を「ダイバーシティ推進者育成プログラム」に変更し、女性社員の管理職登用促進に力を入れた内容にバージョンアップして実施している。

また、(3)の実現のために、管理職を対象とした「個を活かした部下育成のためのキャリア形成支援研修」を実施している。効果的なキャリア面談の手法や部下一人ひとりの価値観を尊重したキャリア開発のポイントを習得し、実践することで、自己肯定感や働きがいの向上を目指しているという。

その結果、上司からは「面談に自信が持てるようになった」、部下からは「上司が話を聞いてくれるようになって、安心して将来についての相談ができるようになった」などの声が聞かれているそうだ。

(4)(5)については、主に働き方の変革活動の中で取組を進めている。このような活動は対外的にも評価され、社員にとっても自信や誇りにつながっているという。

・「ダイバーシティ経営企業100選」(主催:経済産業省 2015年3月)に選出
 女性の活躍を支援するための研修や諸制度の充実、時間資源を有効活用して仕事の付加価値を高める「働き方の変革」活動の推進などが評価された。女性社員の視点を活かす製品開発などでの事例が「ベストプラクティス」として紹介された。

・「第9回 ワークライフバランス大賞」(主催:日本生産性本部 2016年12月)を受賞 
 本賞は働く個人を応援する組織の取り組みを表彰するもので、“働き方の変革”や従業員のキャリア形成支援などの取組が評価され、「大賞」を受賞した。

「ダイバーシティ経営企業100選」
「ダイバーシティ経営企業100選」
「第9回 ワークライフバランス大賞」
「第9回 ワークライフバランス大賞」

●健康いきいき職場づくり

DNPでは、組織風土醸成のための取り組みとして、「ワークエンゲイジメント」の概念を取り入れている。「ワークエンゲイジメント」とは、以下の3項目が高い状態をいう。
・熱意(仕事に対して意義を感じ、誇りを持つ)
・活力(仕事に対して積極的に取り組み、努力する)
・没頭(仕事に熱心で、夢中になる)  
これらを高い状態に引き上げ、維持することで、働きがいと職場の一体感が向上する。

【ストレスチェックの活用】

取組の一例として、「ストレスチェック」を活用した支援が挙げられる。本社の専門スタッフが、各職場の「ワークエンゲイジメント」や「職場の一体感」などの状態を確認し、改善が必要な職場に対しては特別な支援を行う。具体的には、本社スタッフとコンサルタントが直接職場を訪問して、管理職へのヒアリングを行い、その後実際の職場を見せてもらう。

【管理職教育】

もう一つの代表的な例としては、管理職教育がある。管理職の役割や振る舞い方などをゲームやグループワークを通して学ぶ。そのときに重要なのは客観的な視点で自身の言動を振り返るステップである。上司の言動を部下はどう感じるのか、適切な指示なのかなどを部下の立場になって考えることで、高い意欲をもって働ける環境、風通しのよい職場づくりの参考にしてほしいと期待している。

●一体感の醸成のために

DNPでは、自分の仕事が何に役立っているか、個人単位ではなく、職場でディスカッションしたり、一緒に街に出て自分の製品を見に行ったりいているという。喜んでいる人の顔を見ることは、一体感醸成のために有効だ。「一体感」は「やりがい」と「満足度」を向上させるからだ。この他にも「職場見学会」や「社内報」などの取組があるので紹介する。

【職場見学会(DNPファミリー・フレンドリー・デー)】

家族による職場見学会では、次世代を担う子供たちの就業意識や仕事に対する興味をはぐくむとともに、社員には親子(家族)のコミュニケーション手段として大いに役立っているらしい。

お父さんの職場を見学
お父さんの職場を見学
海外でも(DNPデンマーク)
海外でも(DNPデンマーク)

【社内報の刊行(DNPファミリー)】

さすが印刷会社ならではの得意手法として、社内報の活発な発刊も実施している。社員と家族に読んでもらうもので、家族参加型の企画や職場の自慢、新しい取組の紹介など読んでいてワクワクするような内容だ。家族とじっくり読む冊子と、「さっと読めて、パッと役立つ」タブロイド版の2種類がある。

お父さんの職場を見学
家族でじっくり読む社内報
海外でも(DNPデンマーク)
パッと役立つタブロイド版

【教育ツールの活用】

アルバイト等、非正規社員を含め職場内の全ての従業者への教育として情報セキュリティに関するハンドブックやチラシを配布し、始業前の職場ミーティングなどで活用している。この取組は国内にとどまらず、日本語の他、9ヶ国語版を作成し海外グループ会社でも活用しているというから驚きだ。

eラーニングを利用した「DNP検定」と言うのは、自分の会社を知っているか?を試す企画で、会社の歴史や最新の事業ビジョンに関する冊子を事前に配って、これを参照しながら解答する腕試し型式のeラーニングで、満点の人は、社内報に名前が掲載される。冊子を調べれば必ずわかる問題で構成されているが、調べることで一体感の醸成に役立ってということだ。

9ヶ国語版「情報セキュリティ入門」チラシ
9ヶ国語版「情報セキュリティ入門」チラシ
9ヶ国語版「コンピュータウイルス対策ハンドブック」
9ヶ国語版「コンピュータウイルス対策ハンドブック」

●社会貢献プログラム

DNPの社会貢献活動は、2007年に定めた「DNPグループ社会貢献活動方針」および5つの重点テーマ(環境保全、地域社会、次世代育成、芸術・文化、人道支援)のもとに展開されている。

社会貢献活動は、社会課題について自身の能力を直接的に発揮できる点、成果がすぐに表れ達成感を得やすい点から、社員の満足感・自己肯定感を高める機会として機能すると考えているとのこと。会社がこうした機会を社員に提供することで、社員が自らの社会の中でのあり方を振り返り、自己成長を促す機会となる。また、事業活動のみならずこうして広く社会に貢献し続けている会社に対し、社員が信頼を高める機会となると考えるという。参加者は毎回公募し、自発的な参加を基本としている。実施にあたっては、企画そのもの充実だけでなく、企画に参加しやすい環境づくりも大切だという。
[参考リンク]第2の責任「誠実な行動」 企業市民としての社会貢献(ホームページ)
       http://www.dnp.co.jp/csr/ex/2016/index.html

【ボランティア社員による出張授業】

DNP出張授業「色の不思議」は、重点テーマ「次世代育成」の施策の1つで、印刷では「色」をどのように表現しているのか、人間や生き物は「色」をどのように認識して、どのように活用しているのかを、観察と実験を通して理解する体験型の学習プログラム。主要拠点近隣の学校、児童館、図書館のほか、要請を受けて科学館などの公共施設でも実施する。参加社員は、日常業務で当然のこととしている職場で身につけた技術や知識に、子どもたちが興味と驚きで目を輝かせる場面に接し、自社の社会の中での役割や、自身の仕事について改めて見つめ直し、同時に「働きがい」を強く実感する機会となっている。

お父さんの職場を見学
(DNP出張授業)東京の小学校で
海外でも(DNPデンマーク)
(DNP出張授業)愛知の児童館で

【復興支援現地ボランティア】

DNPの社会貢献活動重点テーマ「人道支援」および「地域社会」に関する施策の一環として、東日本大震災および熊本地震の復興支援現地ボランティアを実施している。社会的影響が大きいこれら大規模災害の被災地の復興支援に、企業市民として貢献することを目的とする。同時に、支援活動を始め被災地視察や被災者の方との交流などを通じて、参加社員が社会的感度を高め、人間的な成長や自己実現につながる活動を目指している。現地の方から直接感謝されることも多く、参加者の自己肯定感を高め、自身の生き方や働き方を深く考える機会になっているという。また、普段接点のない他の社員との共同作業は、その後も続く強いつながりを生み、こうした点を評価する社員も多い。

さらに、参加社員の職場では、参加者が主体的に活動報告を行うことも多く、被災地の社会的課題や参加社員の経験・気持の共有化が職場全体に及ぶ効果がみられるという。

お父さんの職場を見学
(宮城県石巻市)仮設住宅の清掃支援活動
海外でも(DNPデンマーク)
(宮城県本吉郡)漁業支援活動

●考察として(内部不正の本質的な解決のために)

日本人は、「ルールベースで正しいかどうかで行動を決めるのではなく、世間に属する人々の『他者の目』をベースとして行動を決める」と言われる。人が心情的に内部不正を罪と感じるのは、友人、職場の仲間、信頼している上長、近親者など、親密な関係にある誰かに迷惑を掛ける場合だろう。

内部不正は、会社に迷惑を掛けるといっても、犯行者は、会社に対しては親密な関係にある誰か(人)として感じない可能性がある。実際にはルール違反という罪が残るのだが、これでは心情的な罪の意識としては希薄になりがちである。

会社を人として感じないために、会社に迷惑を掛けることが心情的な罪の意識に結び付かない。では、会社に心情的なものを感ずるとは、どういうことであろうか。

解決の視点としては「会社を好きになる」ことがある。これは「自分の仕事が好きになる」ことであり「自分の仕事に誇りを感ずる」ことでもある。すなわち、働きがいや自身の存在意義(自己実現)を実感すると、自然に内部不正の動機も排除でき、ここへの背信行為は大いに心情的な罪の意識を感じることになる。自分が主体的にビジネスに参画していることを意識できれば、内部不正発生も抑制できる。

現代の仕事環境では分業化が進み、セキュリティ対策の観点からは権限分離も進んでいるため、自分の仕事がどのように社会に貢献しているか、自分の仕事の成果を喜んでいる人がいるのか実感を得にくい場合がある。これが、会社や社会を、人として感じなくなる疎外感をもたらすのではないか。疎外感の排除こそ、内部不正対策の最終ポイントだ。

●おわりに

今回は、DNPを訪問し、「人が活きいきとやりがいを持って働ける環境」、「従業員満足度(ES: Employee Satisfaction)の高い環境」にするために実施している様々な取組を聞かせていただいた。ダイバーシティへの取組も疎外感排除の一形式だろう。紹介した以外にも古典的手法だが家族参加の総合体育祭(2017年で18年目)や全国の事業所対抗の駅伝大会(2017年で53年目)などでも一体感を醸成する効果を出しているとのことだ。この他にも当社のホームページに紹介されている事例は多岐に及んでいた。

このような取組が継続的にできるのも、本件が経営上の重要課題として取り組んでいるからであり、経営層から自主的な参加のボランティア社員に至るまで総合的にコーポレートガバナンスが充実していることを感じた。DNPが目指している「あらゆるステークホルダーから常に信頼される企業であり続けること」その実現のための、ひとつの責任として「誠実な行動」を掲げており、具体的には今回紹介した事例が、それに当たる。会社を挙げての徹底ぶりだ。 しかも、驚くべきことにはコンテンツの開発は、自社で行っているとのことだ。

これほどの大掛かりな施策を実践するにはコストがかかるため、簡単には真似できない。だが、内部不正対策を徹底したい企業ならぜひ参考にするべきだ。

 


 
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