インタビュー連載「日本の人事と内部不正」<第4回>

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株式会社日立ソリューションズ

【株式会社日立ソリューションズの会社概要】
■設立 :1970年9月21日      ■所在地 :東京都品川区      ■従業員数 :4,900名
■資本金 :200億円
■主な事業内容:ソフトウェア・サービス事業、情報処理機器販売事業
話を聞かせていただいた労政部のみなさま
話を聞かせていただいた労政部のみなさま

日立ソリューションズは、日立グループの情報・通信システム事業の中核を担うIT企業として、創業以来40年以上にわたり、情報システムをお客様へ提供してきた企業である。同時に、近年では社員の「働きがい向上」に対し、情熱をもって取り組み、成果を上げてきた企業でもある。
 「働きがい向上」に対する活動と成果は2007年の第1回ワークライフバランス大賞優秀賞の受賞にはじまり、最近では2015年の日本経済新聞「人を活かす企業調査」で上位にランクインするなど、社会的評価のあらわれとして毎年さまざまな賞を受賞している。
 今回はそんな日立ソリューションズを訪問し、人事総務本部労政部部長の井上氏、部長代理の林氏、主任の金子氏の3名からこれまでの取り組みを聞かせていただいた。

●すべての施策の根幹はコミュニケーションにある

はじめに日立ソリューションズの「活気ある職場作り」への取り組みについて、活動の経緯から話を伺うことができた。
 取り組みのきっかけは組織構造改革の断行によって低下した「社員のマインド」を向上させることだったという。事実、2005年におこなった社員満足度調査では、全項目で他社平均よりも評価が低く、心身の不調を訴える社員や退職者数も多かったそうである。
 どのような対策を取るべきかを検討した際、より確実に効果を出すため社員満足度調査の「社員であることの満足度」と相関係数が高い質問項目を分析し、その結果から、「育成と成長を実感できる」、「働きやすさ、やりがいを感じる」、「上長とのコミュニケーション」、「会社ビジョン、部門戦略の共感と共有」の4分野に絞り基本方針を固めたという。このとき、取り組みの柱を「コミュニケーション」、「ダイバーシティ推進」、「健康管理」、「人財育成」の4本に決定している。
 そして、まずは価値観の共有が必要であると判断し、コミュニケーション活性化に取り組んだ。さまざまな取り組みを紹介いただいたが、ここでは特に印象的な2点、段々飛び懇談会と社員運動会を紹介したい。

まず、コミュニケーション向上施策として、飲みニケーションと全社運動会に取り組んだと聞いたらどのように感じるだろうか?もしかすると、「当社でも同じような取り組みをしている」とか、「最近の若手社員はそのような活動を好まない」といった感想・意見を思い浮かべる方もいるかもしれない。
 日立ソリューションズがとった施策の特徴は、社員行動指針のひとつである「誠実な姿勢とみなぎる情熱をもって、最後までやり遂げる」という言葉で説明できるかもしれない。

会議室に併設された「料亭並み」の設備
会議室に併設された「料亭並み」の設備

例えば、飲みニケーションの機会は単なる職場内の親睦を高めるための懇親会ではなく、会社のビジョンや考えを全員で共有することが目的になっている。「段々飛び懇談会」と称されるこの取り組みの特長は、社員と3段階以上上の役職者が、直接、語り合い懇親を深める場を会社が準備することである。さらにその場で本音が引き出せるよう、直属の上司は出席をしないという配慮がされている。
 この取り組みにより、担当は部長から、主任であれば本部長から、そして課長は役員から直接、方針や戦略、想いを聞くことができる。Face to Faceで議論をする効果は情報の共有だけにとどまらず、お互いの考えに共感することができる機会になっていることはいうまでもない。
 さらには、その活動を支援するため会社補助で一人あたり年間6,000円が支給されるという。そして、懇談会終了後、そのまま懇親会へ移行できるよう、本社ビルには会議室と同じフロアに料亭並の社員クラブが併設されている。なお、1回の参加人数を10名前後に絞り、多くの社員が直接議論に参加できるような工夫もされている。

全社運動会の模様
全社運動会の模様

全社運動会は国際展示場や横浜アリーナを貸し切りで開催する大規模なイベントである。そして、社員だけでなく、家族全員が楽しめるよう、プロの歌手を招いたショーや、子供が楽しめるアトラクション、新入社員が活躍する出し物など、参加者全員が楽しめる魅力あるプログラムにしている。
 さらに全社運動会の実行でなるべく社員へ負担をかけることがないよう、運営には社外のリソースを活用しているという。こうした細かい点への配慮は、まさに社員のためのイベントであることを意識しているからこそできることだろう。ちなみに、この全社運動会は若手社員の発案がきっかけになったそうである。

ここで紹介したことは、あくまでコミュニケーション活性化に向けた取り組みの一部でしかないが、まさに「全ての施策の根幹はコミュニケーションにある」という結論に対し、「誠実な姿勢とみなぎる情熱をもって、最後までやり遂げた」結果、現在の形になったといえるのではないだろうか。

●定期健康診断受診率100%

社員の健康に配慮した取り組みも紹介したい。一般的には社員の定期健康診断の受診率は98%程度の企業が多いとされるが、日立ソリューションズは、人間ドックの受診を含む定期健康診断受診率が100%である。
 これは、「定期健康診断を受診しない2%の方に健康的な問題が多く発生している」という分析結果のもと、企業として100%の受診を徹底することに取り組んだという。まさに「企業で働く社員を尊重し大切にする姿勢」のあらわれではないだろうか。なお、「定期健康診断を受診しない場合、翌年度は就業させない」というルールも定めているそうである。こうした、強い決意があってこその成果であるとも考えられる。
 また、健康診断結果に基づく勤務制限の適用基準を設けており、実際に全社員の2%に自宅療養や、休日労働禁止など、何らかの勤務制限措置が適用されているという。

こうした取り組みの結果、健康診断受診結果に基づく勤務制限該当者は年々減少している。そして、定期健康診断の受診徹底が直接影響しているとはいいきれないものの、1人あたりの医療費は日立健康保険組合の加入事業所従業員の平均額より1割程度少ないそうである。これは、日立グループ内の同業他社と比較しても下回る結果だという。

●社員同士で良い点を評価しあうポイント制度

企業がトップダウンで進めた取り組みだけではなく、モチベーション・マインドの向上を目的に社員がボトムアップで立ち上げた制度も紹介いただいた。そのひとつが「HISOLポイント制度」と呼ばれる、若手社員が中心になって企画した制度で、感謝や賞賛の気持ちを伝えたくなるような他者の取組・努力に対して、社員同士が「ポイント」を付与し、さらに、一定期間における高ポイント者を表彰するという内容である。
 この「HISOLポイント制度」では、IT企業としての得意分野を活かし、社内で使用する社員検索システムに個人毎のポイントが可視化できる仕組みを自作し組み込んでいる。
 こうしたボトムアップから提言されたアイデアが採用され、実際の会社施策に取り込まれた実態からも、「自律的に行動を起こす」、「目標に向かい一体となって取り組む」といった社員行動指針が浸透し、しっかり行動にあらわれていることがわかる。

●取り組みの効果により社員満足度が向上し、退職率が1%に改善

今回、紹介させていただいた取り組みは、あくまで日立ソリューションズが実施してきたことの一部でしかないが、これらの取り組みを継続してきた結果、社員満足度の各指標が大きく改善し、退職率は5%台から1%台にまで減少したという。
 内部不正は不満の増加や転職のタイミングで発生リスクが高くなることが知られている。日立ソリューションズの取り組みは、内部不正の抑止を目的としたものではないが、社員満足度が向上し退職率が低下した事実から、確実に発生リスクが低下していることは明確である。

●取り組みを理解してもらうため「賞を取りにいく」

こうした取り組みや成果は社会的に評価され、冒頭で述べたように多くの賞を受賞している。
 日立ソリューションズでは、この、「社会から評価される」という点について、社外へのアピールが目的ではなく、「社員が自社のことを正しく知るために重要である」という考えのもと、あえて「賞を取りに行く」ことをしているという。

さまざまな取り組みの実行によって得た特別な成果も、それがベースラインを引き上げ、いつかは「あたりまえ」に感じるようになる。確かに、その企業にとっては「あたりまえ」になったかもしれないが、他の企業から見ると変わらず特別なことかもしれない。
 この、「特別な企業に所属している」ということや、「自分たちの取り組みが社会からきちんと評価されている」ということを知ることも、社員満足度向上の重要なポイントになっていると考えられる。
 客観的な指標として、社外からの評価が有効であることは言うに及ばないが、そのために「あえて賞を取りに行く」という姿勢は、施策を考える段階でも、さらに投資効果を測る上でも重要ではないだろうか。

●おわりに

リオパラリンピックにも出場した「チームAURORA」
リオパラリンピックにも出場した
「チーム AURORA」

今回は、日立ソリューションズを訪問し、社員満足度向上に向けたさまざまな取り組みを聞かせていただいた。紹介した以外にも、ダイバーシティへの取り組みやチームAURORA(障がい者スキー部・車いす陸上競技部)の活動支援などでも成果を出していること、さらに、当日は会議室や宴会場などの設備も拝見させていただくことができた。

繰り返しになるが、さまざまな場面で「誠実な姿勢とみなぎる情熱をもって、最後までやり遂げる」本気の取り組みができていることを感じ、さらに、「全ての施策の根源はコミュニケーション」にあるという基本方針が守られていることがよく理解できた。

ITが発達し、便利なツールが増えてきたが、Face to Faceのコミュニケーションに勝るツールはない。
 情報を正しく伝え、全社員とビジョンを共有するために多くの時間を使うという、誠実な行動を企業のトップが先頭に立って実行し、そして、継続できていることこそが、日立ソリューションズの強みではないだろうか。

紹介した取り組みを真似することはできるかもしれないが、根底にある企業風土は一朝一夕に築けるものではなく、創業以来40年以上にわたり培われてきた「誠実な姿勢」があってこその成果なのかもしれない。
 インタビュー中、社員への処遇改善の検討をしたか否かの質問をした。井上氏からの回答は、「社員満足度調査で処遇は『社員であることの満足度』との相関が低く、それよりも仕事のやりがいや価値観の共有の方が重要と判断した」というものであった。
 確かに、企業で働く社員が生活に安心感を持った状態では、報酬よりも仕事のやりがいという、より精神的な満足が求められるのかもしれない。そこに気付き、適切な取り組みを行い、成果を出してきた日立ソリューションズは、2015年の「人を活かす企業調査」上位入賞という成果が示すとおり、社員を大切にする素晴らしい企業であった。

 


 
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