インタビュー連載「日本の人事と内部不正」<第3回>

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日本マイクロソフト株式会社

【日本マイクロソフト株式会社の会社概要】
■設立 :1986年2月1日    ■所在地 :東京都港区   ■従業員数 :2,096 名(2016 年 7 月 1 日現在)
■資本金 :4 億 9950 万円(非上場)
■事業内容 :ソフトウエアおよびクラウドサービス、デバイスの営業・マーケティング

第三回のインタビューは、日本マイクロソフト株式会社 人事本部 ビジネスマネジャ 児玉 美奈子氏と、同本部 労務政策部部長(産業カウンセラー)松本 淳氏にお話をお伺いした。児玉氏のお話は、「Culture Eats Strategy for Breakfast(戦略が素晴らしくとも、カルチャがなければ生かされない)」から始まった。これは、2016 Great Place to Workで1位を受賞した際に、日経ビジネスセミナーで登壇した役員が語った言葉である。マイクロソフトは、カルチャの浸透こそが最重要課題と捉え、数々の具体的施策によってトップマネジメントからスタッフまでコミュニケーションを図っている。このコミュニケーションを中心としたマイクロソフトの人事施策を、以下にご紹介する。

●オーナーシップと裁量権

マイクロソフトのカルチャを表現する最も重要なキーワードは「オーナーシップ」であろう。「自分が担当する仕事については、自分自身に責任があり、率先してドライブしていかなければならない。日々その仕事に携わっている担当者が、最も正しく判断できる。」という考え方だ。そのために、個人に最大限の裁量権が与えられている。若いうちから仕事を任せられ、個人の企画力や行動力が求められる環境にあり、自ら判断し仕事を進めて行ける自由な社風が成長を支えている。

●カルチャの浸透・価値観の共有・コミュニケーション

現CEOのナデラ氏は、毎月Q&Aセッションを実施し、ワールドワイドに価値観の共有を図っている。Q&Aセッションは米国での実施だが、録画して世界中のマイクロソフト社員が見られるようになっている。

同様に、日本では平野社長による全社ミーティングを四半期に1度開催している。加えて、毎月社長がニュースレターをメール配信している。こうしたコミュニケーションは、各部門単位にも、部門全体ミーティングと部門のトップマネジメントからのメール配信として行われる。

また、部門内の各社員は、マネージャとの1対1のミーティングを持つ。これは、約2週間に1度の頻度で実施される。各社員はそれぞれのマネージャと個々に約2週間に1度顔を突き合わせているのだ。こうしたミーティングが、スタッフは直属のマネージャと、各マネージャはその上位マネージャと、いうふうに、世界中のマイクロソフトで社員が直属の上長と頻繁にミーティングを持ち、業務の状況報告からキャリアまで、場合によってはプライベートな相談まで、30分〜1時間程度の会話が行われている。

IT業界の巨人であり、世界中の主要各国に拠点を持つマイクロソフトが、ここまでFace to Faceのコミュニケーションにこだわっていることは驚きだった。もちろん全ての従業員がオフィスに出勤して働いているわけではないので、1:1のミーティングはSkype for Businessを使用してのオンライン会議となるケースも多いとのことだ。しかしこれならPCやタブレット、スマートフォンを通じて顔を見ながら会話することもできるので、遠隔でもFace to Faceのミーティングが実施できるのである。

このようにして、企業ビジョン、業績等の経営トピックは末端まで共有されるとともに、各上位マネジメントが培い、伝授されたカルチャが、それぞれの経験を通じて部下に受け継がれ浸透されていく。個人に最大限の裁量権が与えられ、個々が独立して自らの責任の元に企画・行動し、成果をもって評価される環境だからこそ、顔を突き合わせプライベートなことにまで踏み込んで血の通ったコミュニケーションを持つことが重要なのかもしれない。素晴しい制度であり、さすがに世界の巨人だと感心させられた。

●納得のいく評価と適正な待遇について

人事評価は、レイティング(格付け)ではなく、インパクトで評価するという。インパクトとは、個人の成果、他者の成功への貢献、他者の知見の活用という3つが合わさって最大化されるパフォーマンスを言う。すなわち、年初に設定した目標に対する達成度による評価だけでなく、他者の成功に如何に寄与したか、他者の知見を如何に活用したか、という定性的な要素も加味されるようになった。これは、近年ワールドワイドにコラボレーションが評価観点に追加され、自部門を超え多くの関係者と協業を強めることでより大きな成果を出すことを求める動きを反映したものだ。

年度目標は、ツールを使用して設定する。会社のミッションに対し、何にプライオリティをおくかを決定し目標を設定、年間2回から4回程度、その進捗を評価するとともに、反省を踏まえて以降の計画の見直しを実施する。目標は、CEOが設定してこれを上位マネージャが共有、それを受けて上位マネージャが目標を設定し、それに従って下位マネージャが設定するという流れで実施していく。すなわち、上位マネージャからスタッフまで、各人の目標が会社のミッション・目標に合うように設定され、ベクトルが合うよう意識しながら業務が進められていく。

各従業員は、それぞれの業務上の成果をマネージャへのミーティングを通じて報告するだけでなく、ツールを通じて報告する仕組みも提供されている。このツールは、マネージャが部下の同僚に対して、当該部下のフィードバックをリクエストすることもできるし(360度評価相当)、従業員がマネージャに対して匿名でメッセージを上げることもできる。

最終評価は、マネージャが人事と共に実施するうえ、ツールにより収集した他者フィードバック(360度評価相当)を加味している点で納得感のある評価となるよう配慮されており、満足度もUPしているという。合わせて、各種アワードを充実させ、多視点で評価することで、従業員満足度を上げる努力をしている。

業務の進捗、成果の報告を従業員が負担に感じることなく、いつどこででも実施できる仕組みが用意されている。成果主義を突き詰めるとドライで厳しい環境となりがちだが、Face to Faceのミーティングや360度評価、コラボレーションポイントの追加など、モチベーションを上げやりがいを持って取り組める要素をふんだんに取り入れた評価制度となっている。日本企業が学ぶべきところが多いと感じた。

●働き方改革について

日本マイクロソフトは、働き方改革を、2011年の東日本大震災後BCP対策の一環として進めてきた。震災の直後、全従業員がBCP対策として1週間の在宅勤務を実施、マイクロソフト製品を使用することで遠隔でも通常通り業務できることを経験した。これにより、テレワークは新しいことではなく、働き方のひとつであることを全従業員が身を以って体感した。

以降、在宅勤務を「1週間に3日まで」とするなど制度の拡大を図り、導入前後の業績(売上)、退職率、従業員満足度などの指標の比較を実施したところ、すべての指標で改善が確認できたそうだ。在宅勤務制度は、2016年5月に「テレワーク勤務制度」として刷新され、「1週間に3日まで」の制限などを撤廃し、よりフレキシブルな働き方を実践できるようになっている。

●まとめに代えて

基本的に「性善説」でオペレーションし、問題が出たらその時点で手を打つというのがマイクロソフトのやり方。長年日本国内でビジネスをしている企業の立場から見ると、日本マイクロソフトのオペレーションは最大限の性善説を前提としており、従業員の立場から見たら何とも羨ましい環境だと思わずにはいられなかった。

もちろん現場は、与えられた裁量権に見合う大きな責任がついて回るため、喜んでばかりもいられないだろう。しかしこれが日本マイクロソフトの人事施策であり、個々に課せられた大きな責任こそが、内部不正などの組織内で働く人間が引き起こす不正・事故への対策となっていると感じた。

今回のインタビューを通して、日本のユーザ、日本の企業、日本の市場は、失敗してもそれを正してよりよい成果を出していくことを素直に受け入れられる体質に変わっていくことが何よりも重要だと改めて実感した。多くの日本の企業が、日本マイクロソフトの取り組みをお手本としてこれに学び、「性善説」「失敗から学ぶという考え方」が日本であたりまえとなる日が来ることを強く望む。

<参考文献>

 


 
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