★☆★JNSAメールマガジン 第164号 2019.6.14 ☆★☆

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さて、今回のメールマガジンでは、読売新聞編集委員の若江雅子様にご寄稿いただきました。

【連載リレーコラム】
スコア社会〜客観的で効率的な社会か、AIに内面まで見張られる社会なのか

読売新聞編集委員 若江 雅子

生活態度や購買行動など個人の膨大なデータをAI(人工知能)が分析し、その人の潜在的な能力や信用度を点数化する「スコアリング」。先行する中国で広く使われているのはご承知の通りですが、日本でも大手企業が次々と参入を表明し、注目を集めています(この原稿の執筆時点では、ヤフーが利用者のスコアをデフォルトオンで作成すると発表して物議を醸しています)。こうしたスコアが社会で広く共有され、自分の人生や生活に決定的な意味をもつようになった時、どんな社会が訪れるのでしょうか。本格的な導入を前に、私たちはどのような社会を目指しているのか、考える必要がありそうです。

■ジェイスコアは「情報銀行」化を検討
まずは、国内で先陣を切って2017年からスコアリング事業に乗り出した、みずほ銀行とソフトバンクの子会社「ジェイスコア」の例をみてみましょう。

ジェイスコアは消費者金融会社で、利用者が同社の用意した質問に回答すると「AI」に採点され、スコアが高ければ安い金利で多くの融資を受けられる仕組みになっています。質問は150問もありますが、たくさん回答するほど点数が上がる傾向にあるので、ついつい答えたくなります。また、みずほ銀行の口座番号やソフトバンクの電話番号、ヤフーIDなどを登録すると、資産内容や契約状況、各種ウェブサービスの利用情報など多くの情報を提供することになるため、(滞納などがない場合は)一気にスコアアップにつながります。

質問は、性格や生活、家族構成や資産状況など多岐にわたります。「他人が自分のことをどう思っているかが気になるか」「お店の人にオーダーを間違えられると、しばらく気になるか」「どのくらいラジオを聴くか」といった質問から、読んでいる新聞の名称、人生経験、運動習慣まで。一見、返済能力とは無関係に見える内容も少なくありません。

しかし、AIは膨大なデータの「プロファイリング」によって、その人物が明かしていない情報を推測したり、将来の行動や犯罪リスクなどを予測したりすることが可能です。例えば「大量の化粧品を購入する女性」は「鬱傾向にある」など、時には本人すら気づいていない情報さえ見つけ出すのです。大森隆一郎社長によると、「今はできるだけ多くの回答を集め、AIに学習させて精度を上げている段階」とのこと。2017年9月のサービス開始以来、60万人以上がスコアを試し、「今年中に100万人を突破する見通し」だそうです。
現在は、スコアの利用を主に融資の際の与信に限定していますが、近く「情報銀行」としてのサービスを開始し、スコアの外部販売に乗り出す意向です。既に、シェアリングエコノミー事業者をはじめ、様々な事業者から多数の引き合いがあるそうです。

たしかに、ライドシェアや民泊などCtoCビジネスが増える中、未知の取引相手の信用度を知るには有効で、需要は高いといえるでしょう。ジェイスコアのほかにも、ヤフー、NTTドコモ、ラインなど名だたる企業が参入を表明しています。7月からスコアの外部提供を開始すると発表したヤフーの場合、ヤフーショッピングやオークション、キャッシュカードなど各種サービスでの利用実績や、支払い滞納、利用規約違反などの有無、飲食店や宿泊予約のキャンセル率など、幅広い情報をもとにスコアをつけるそうです。キャッシュレス決済サービスや、スマホの位置情報やSNSの交友関係、さらにはIoTのデータなど、日々の様々な行動がデジタルデータとして蓄積される時代となって、一人一人の人物像を正確に「採点」できるようになったことが、スコアリング事業への熱い視線の背景にあるといえそうです。

■ユニバーサルスコア化したら・・・
しかし、こうして蓄積されたデータが情報銀行などを通じて様々な企業に提供されたり、幅広いサービス利用の際に使われたりして、「ユニバーサルスコア」として使われるようになったら、どうなるのでしょうか。憲法が専門の山本龍彦慶応大教授は「スコアがないとホテルやレストランのサービスが受けられなかったり、不利な取り扱いを受けたりするようになったら、多くの人はスコアを上げるために自分の情報を渡すようになる。するとスコアの精度はさらに上がり、影響力もさらに増し、加速度的にスコア社会がくる」と予測します。

山本教授が懸念しているのはプライバシーの問題だけではありません。恐れているのは社会の変容です。例えば、ジェイスコアの場合、同社が推奨する習慣を実施するとスコアが上がる「ハビット・チェンジ」という機能があります。
「学習習慣」の項目を選ぶと、同社の提示する数十冊の書籍が示され、要約を読むとスコアが上がる仕組みです。「運動習慣」の場合、利用者のスマホから歩行数を把握し、運動量が増えるほどスコアが上がります。「人々がAIの定義する『良い行動』に適合するように考え、行動するようになれば、社会の多様性が失われるのではないか」と山本教授は指摘しています。

政府の検討会で情報銀行の認定制度などを検討してきた森亮二弁護士は、「スコアの影響力を抑えないと、社会の萎縮を招く」と指摘し、「せめて就職や結婚、進学など、生活に重大な影響を及ぼす場面では使用を禁じるべきだ」と規制を求めています。

森弁護士は、分析に使う情報についても制限が必要と指摘します。例えば、機器に取り付けられたセンサーから得られるセンシングデータの中には、位置情報や心拍数などの身体的な情報もあり、精神状態や健康状態を推測することも可能になります。また、ジェイスコアが取得しているユーザーの読書歴や購読紙からは思想信条も推測されかねません。

ジェイスコアは「ユーザーの同意の下で回答してもらっているので問題ない」と説明していますが、森弁護士は「スコアの影響力が強まれば、利用者は嫌でも情報を提供せざるを得なくなり、同意は形骸化するのではないか」と危惧しています。現在、金融分野の個人情報保護ガイドラインは、思想信条などの機微情報については本人の同意があっても取得を禁じていますが、同様の措置が必要ではないでしょうか。

■中国では政府のシステムと一体化?
個人の信用度を可視化して活用すること自体は、これまでも与信などで行われてきました。ただ、算出の元になるデータも、活用される分野も限定的でした。
米国の信用スコアとして知られるFICOも、元となる情報はクレジットカードやローンの支払い履歴や未払い額など、限定されたものです。

中国のスコアリングの特異な点は、スコアの元となるデータも活用先も生活の隅々に広がっていることといえるでしょう。アリババグループ傘下の「芝麻信用」の場合、属性や資産などのほか、グループ内のサービスであるネット通販やキャッシュレス決済の履歴、SNSでの交友関係、提携企業のもつデータなどを統合して活用していますし、スコアは就職、結婚、進学からビザ申請などの公的サービスにまで使われています。スコアが高ければ様々な優遇が受けられる一方で、低スコアだと就職も困難で、融資も受けられなくなるわけですから、中国の人々はスコアを気にして、一喜一憂しているといいます。中国の知人は「おかげで中国ではマナーやモラルが向上した」と言いますが、見方によっては、スコアに監視される息苦しい社会とも言えないでしょうか。

特に気になるのが、中国政府の進める「社会信用システム」との連携の行方です。中国政府は2020年までに個人の信用情報の一元管理を目指すと発表していて、既に一部の都市では、顔認証機能付きのカメラで無賃乗車や違法駐車を行った人を発見すると、登録して公共交通機関の利用を禁じたり、社会貢献をした人物の交通料金を安くしたりするなどの賞罰システムを導入しています。そうした中で、浙江省杭州市や江蘇省宿遷市など同システムのモデル都市の一部は、民間企業のスコアリングとプラットフォーム連携を始めているとの報道もあります。もちろん、中国と日本を同列に論じることはできませんが、体制によっては民間のスコアリング事業が監視国家化に利用されかねないことには、考えさせられてしまいます。犯罪係数まで可視化される近未来社会を描いたアニメの「PSYCHO-PASS(サイコパス)」を連想してしまうのは私だけでしょうか。

■公平で効率的な社会か、息苦しく一方向に統制される社会か
この問題について、憲法が専門の宍戸常寿東大教授は「これまでの社会的評価は、学歴や所属、出身地、収入など、その人の一部の属性に過ぎないラベルをもとにしていた。それが全人格的な評価に代われば、いままでよりも公平で効率的な社会を実現する可能性もある」としながらも、「一方で、一生逃れられない差別を固定化するかもしれない。さらには、内心の自由が侵され、統制された一人一人の人間が一方向に誘導される危険な社会を生む恐れもある」と警告しています。

人は、帰属する社会の様々な場面で違う「顔」を使い分けることで、精神の自由と調和を保っているともいえます。家族に見せる顔、友人にみせる顔、所属する組織で見せる顔などはそれぞれ違うはずです。インターネット時代の技術は、実名・匿名での自由な発信の場を広げ、それはある意味、個人の自由を広げる方向で機能してきたといえるかもしれません。しかし、AI時代の技術が、分散していた自身の様々な「顔」を統合して可視化し、その数値が絶対視されるようになるならば、逃げ場のない新たな身分制社会が形成される可能性もあります。宍戸教授は「どうすれば危険を回避できるのか、まだ議論は十分尽くされたとはいえない。本格的な導入の前に、まずは自分たちがどのような社会を目指すのかを考えるべきだ」とおっしゃっています。

 

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